エピローグ

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エピローグ

「あれ、あのカウンターの、あの人じゃね」  失恋を振り返っていた俺を、人の事を構わず惚気ていた友人が、話題を変えて現実に戻す。 「はぁ、誰だよ」  友人が見ているのはサトシがいる席、指は隣の茶髪を指していた。 「名前なんだっけ、高校の時雑誌で見たことある……。あぁそうだ。リョウだ。すげー似てる」  そういえばいたな。そんな名前のモデル。  記憶を辿ったあと、改めてサトシの隣の人物を見ると確かによく似ている。体は大人になっているが、恐らく本人だ。   「話しかけてみるかなー。全然雑誌で見ないけど、今何してるんだろ」    友人が口にした雑誌という言葉で、また余計な記憶が蘇る。  サトシと初めて会った夜。初対面の時にもらったファッション誌。まるでファッションには興味なさそうなあいつが真剣にページをめくっている姿。  あの時は変な行動をするやつだと考える事をやめたが、サトシはリョウが雑誌に載っていないか探していたのかもしれない。むしろそれ以外に納得する理由が見つからなかった。   「やめとけよ。一緒に話してるやつカメラ持ってるし、仕事中かもしれねぇじゃん」 「あ~、確かに。残念だなー」    あの二人が今どうなったのかなんて俺の知った事ではない。ただカウンターでリョウをみて楽しそうにしている姿が、今までの行動が、サトシがあいつにしか興味がないという現実を俺に突き付けるだけだ。  (それでも、少しくらいこっち向いてくれても良かっただろ)    全くこちらには気が付かないサトシに苦笑して、その背中に向かって口には出さずに毒づいた。  恋愛はいらない。割り切った相手と一夜きり、後腐れのない関係を持つのがちょうど良い。口ではそういっていた癖に、全くそんな奴じゃなかった。  サトシはあれほど盲目に、感情的に、たった一人を好きでいる人間だった。  悲しい話だが俺が抱かれている時も、きっとあいつはリョウに抱かれたかったんだろう。あいつの「抱いて欲しい時」の言葉に覚えた違和感はそういう事だろう。    好きという感情にすぐ気がついて、サトシに伝えられたら良かったのか。しかしそんな事をすぐに思い出せないくらいには、今だってそういう意味であいつのことが好きなのか迷うほどには、恋愛感情に鈍くなってしまった。どっちにしろ、久しぶりに誰かに執着した後に夢中になれる相手を見つけるのは大変そうだ。  余計な事を考えて憂鬱になっていたら、自分に気が付かず楽しそうに話しているあの二人にも、俺の事など構わず新しい恋人について惚気続けている友人にも、少し腹が立ってきた。   「なぁ。もうセフレ見つけるのめんどくさいから、やりたくなったらお前のケツ借りていい?」 「はぁ? 何だよいきなり。勘弁して、せっかくいい気分が……」 「ていうかこれ、お前が俺に言ったんだよ。お前、泥酔してたから結局俺が抱いたんだけどさ。なかなか良い反応してたし、結構素質あるんじゃね?」 「……嘘だろ」 「うっそ~」    真っ青にしていた友人は俺の返事を聞いて怒りに吠えた。本人が俺に尻を貸せと言ったのは本当だが、それを聞いたら立ち直れないほど凹みそうだから黙っておくことにした。   「なぁ、まだ飲むなら場所変えようぜ」    この友人はリアクションがいちいちうるさい。このまま飲んでいたらあの二人に気づかれてしまいそうだ。そうなるとややこしい。  特に一緒にいるリョウは俺の事をよく思っていないだろう。もめ事になりかねない。面倒ごとは回避するに限る。  俺はさっさと会計を済ませると、さっきの冗談を根に持ってぶつくさと文句を言っている友人の腕をひきながら、速足で店を出た。 「なぁ。お前の周りに彼氏探してる奴とかいない? 紹介してよ」    楽しいと思える相手にはしばらく出会えないかもしれない。きっと自分は、あまりにも他人を映さないあの目にどうにか映ってみたかっただけだ。まるで小学生が気になる相手の気を引こうとするように。  ただ、リョウのために必死なサトシの姿は、自分にはないもので少し羨ましかった。   『体だけの関係に余計な感情が入ったら厄介だ』    急にサトシの言葉を思い出して、苦い気持ちが込み上げる。これも一つの勉強だろうか。   「はぁ? 彼氏? 何の冗談だよ、いきなり」    すっかり機嫌を損ねた友人は俺の言葉に呆れているが、この友人にそんな反応をされるのは少し不服だ。  これまでの俺の行動から信用されないのも無理はないが、お前の恋愛が動くたびに慰めたり惚気を聞いたりしているんだから、結構良い友達だろう。   「本気、本気。俺、失恋したんだよ」 「は? 失恋って? お前恋人いたの?」 「いや、いない。セフレにふられた」 「どういう事だよ」 「まぁ、それは置いといてさ。誰かいない?」  「お前はまず、その軽い性格どうにかしろよ」 「それ、お前にだけは言われたくないな」    友人と軽口を叩きながらスマホをつけて、連絡先からサトシの名前を消した。ブロックは……わざわざ俺がしなくても、きっと向こうがしている。サトシから連絡してくる可能性は……まぁ、ないだろう。  一つの縁が切れたついでに願掛けでもしておこうか。  もう、あの二人には遭遇しませんように――違う。願掛けならもっと前向きな内容が良い。  俺が夢中になれる相手が見つかった時に、すぐ気がつけますように。――これだな。  これだけ人が多い都内なら、飽きっぽい俺が夢中になれる相手もそのうち見つかるだろう。それまではサトシの幸せなんか祝ってやらん。  もうあの二人には会いたくない。 了
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