第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

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「俺と三喜雄でシューベルトの、クラのオブリガードつきの歌曲を演るんだ……今回はシューベルティアーデなんだけど、塚山も何か歌いたいなら参加して」  誰が、と噛みつきそうになったが、自分を抑えた。シューベルトなら歌曲しか選択肢が無いので、興味度はいまひとつだ。しかし、歌う場所があるのは悪い話ではない。 「ちょっと考えさせて」 「ピアニストは用意できるから、前向きに検討してくれ」  小田は親しげに言ったが、最後にちらっと強い目線を天音に送ってきた。こいつ、マジでムカつく。天音も負けじと睨み返してやった。  行き交う悪意に気づきもせず、三喜雄は立ち去る小田に手を振り、天音を迎え入れた。 「おおっ、ワイン持って来てくれたんだ……ピザでも頼む?」  三喜雄は天音が持参した白ワインを嬉しげに受け取り、小さな冷蔵庫に入れた。そしてチラシを出してきて、ピザの種類を選ぶように言う。  ピザ店に電話をする三喜雄が取りに行きますと言うのを聞き、天音はえっ、と思わず言った。電話を切った三喜雄は笑う。 「すぐそばだよ、取りに行ったら安くなるんだ……お酒も足りないし、ちょっと仕入れてくる」  三喜雄は天音より酒が強い。成人してから帰省した時に一緒に飲むようになって、判明した。フルボトルのワインを見て足りないと断言する辺り、大学で相当鍛えたようである。 「買い出しならつき合うよ」 「そう? 塚山と家飲みって初めてだな」  三喜雄は楽しそうである。俺が友達じゃないなら、こんな顔はしないだろうと天音は思った。  ピザ店はコラール千駄木から300メートルほど離れた場所にあり、その少し先にスーパーが見えていた。三喜雄はまずスーパーに向かう。食材を見繕うおばさんたちに紛れて、慣れた様子で店内をくるりと回り、ビールとミックスナッツとチョコレートを買った。その後に熱々のピザを受け取り、天音は濃いチーズの匂いに空腹感を覚えつつ、古いマンションに戻る。
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