番外編 姫との夏休み

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 片山はふんふんと感心したような素振りである。 「俺の高校って寮があったんだ、寮生の地元って大概バスも電車も全然無かったりして、地下鉄走ってる札幌はチョー都会だぜとか思ってたんだけど」 「え、札幌は都会やろ」 「いやでも、東京とか関西の交通事情を聞いて、驕ってたなってめちゃ反省してる……」  咲真はぶはっと笑ってしまった。驕ってたんか。片山の向こうに座っている中年女性も笑いを堪えている。Tシャツにジーンズ姿の、如何にも帰省します風の男子たちの他愛ない会話が、さぞかし可笑しかったのだろう。  電車が羽田空港国内線ターミナル駅に着くと、乗客が荷物を抱えてぞろぞろと車外に出る。2人して合ってるか、こっちだと言いながら、第1ターミナル方面の出口を目指す。  咲真は伊丹行き、片山は新千歳行きのJALを使う。保安検査場まで一緒に行動できるので、30分早く出発する片山に、咲真がつき合うことにした。というよりは、羽田空港まで行くのにやや不安があったので、いつも帰省に飛行機を使っている片山が一緒だと、心強いと思ったのである。  咲真は片山とメトロで合流した辺りから、彼と一緒にこれから旅行に行くような気分になっていた。よく考えると大学生の頃は、皆練習が忙しく、地元民が多かったこともあって、長期休暇に入る前も帰省や旅行の話がほとんど出なかった。卒業旅行と称して有志で行ったのは、近場の名湯・有馬温泉だった。だからこうしてキャリーケースを引き、空港の出発カウンターに向かうというだけで、何やらテンションが上がる。  片山とだったら、数泊一緒に過ごしてもいいと思う。何処かでピアノを借りて一緒に、あるいは各々練習するのもいいし、飲みながらくだらない話で笑い続けるのもいい。2人で綺麗な風景に感動したり、テーマパークのアトラクションでぎゃあぎゃあ叫んだりしてみたい。そんな風に考える程度には、咲真は隣に歩く、おぼこいくせに芯のはっきりした男子が好きだった。  昼食を取ろうということになり、まだ混雑していないフードコートに入った。着替えと楽譜しか入っていないキャリーケースをテーブルの脇に放置して、洋食のカウンターに並ぶ。  コロッケの定食を待ちながら、咲真は片山の休み期間中の予定を尋ねてみた。 「別に何もしないよ、あっちの師匠のレッスンと……もしかしたら大学の友達と会うかな?」 「そうか、俺も神戸の先生に挨拶しに行こ」
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