番外編 姫との夏休み

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「春に学歴ロンダリングって言った友達に謝らないのか?」  片山に覗き込まれて、咲真は思わずぷっと笑った。 「俺が謝ること無いやろ、でも礼は言うてもいいかな? おかげでアンサンブルユニットが爆誕したし」 「まだメンバー2人だけどな」 「声楽専攻は片山以外に外部入学おらんの?」 「ソプラノとメゾがいるんだけど、ゆっくり話す機会が無い……って、教育大男子限定じゃないよな?」  片山が真面目に言うので、咲真は再度笑う。 「教育大男子限定とか、そこはかとなくキモいわ……マジで変な秘密結社と思われそう」  と言いつつ、咲真も今は、他のメンバーを誘うことにそう積極的にはなれない。編成が偏ると選曲も難しくなるので、誰が来ても歓迎という訳にはいかないからだ。そもそも皆自分の練習で忙しいのだから、ある程度活動実績を作らないと、一緒にやりたいと思ってもらえないだろう。 「まあしばらく俺ら2人で、こつこつやることになるんかな」 「俺は別にいいよ、俺と演ったら松本が伴奏ばっかりになるのがアレだけど」  2台のワイヤレスコールがテーブルの上でがたがた震えた。片山が驚いてうおっ、とのけぞる。その様子が子どもみたいで可愛らしかったので、咲真は違う種類の笑いを顔に浮かべた。  片山はワイヤレスコールを握りしめ、立ち上がった。 「俺は伴奏が無かったら身動きが取れないけど、松本がもう伴奏はしないって決めたなら、そうはっきり言ってくれたらいいから」  そう言われた瞬間、咲真の胸の中にすうっと寒い風が吹いた。 「何でそんな悲しいこと言う……」  咲真がつい正直な気持ちを洩らすと、おぼこい男子は振り返った。 「へ?」 「……俺ソリストになるって決めても、片山の伴奏はするで」  片山は咲真の言葉に、やや返事に困った様子を見せる。きっと両立は難しいし、それができるほど咲真は器用でも、才能に溢れている訳でもない。片山だって、それは察しているだろう。しかし彼はにっこり笑った。 「そう? ありがと」  コロッケ定食目指して進むバリトン歌手の背中を追いながら、咲真はうっかり好きな子に告ってしまったような気まずさと羞恥心に、どきどきしていた。  彼の伴奏をしたいからソリストになる道を諦めるなんて、本末転倒だ。でも、もっと彼と一緒の舞台に立ちたい。……もうちょっと早くに出会うてたら、もうちょっと迷えるのになぁ。咲真は不倫に嵌まった人みたいなことを考えてしまった。
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