番外編 姫との夏休み

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「会うの。これは長期休暇の大切なルーティンだから」 「わかった。天気のいい日にちゃりんこ借りて市内をサイクリングしよう」  おかしな提案をしてくるなと思ったが、天音は了承した。高校時代は自転車通学だったので、サイクリングに抵抗感は無い。  借りるというのは、シェアサイクルを利用するという意味らしかった。札幌市内には、手軽に借りることのできる自転車の専用駐車場がたくさんあり、乗り捨てができるのだが、地元民が遊ぶのに使うものなのだろうか。天音は突っ込む。 「観光客かよ」 「塚山と札幌で会うのもマンネリ化してるから、変化をつけようということです」  三喜雄の返事に、天音は勝手に軽く傷つく。マンネリ化とはどういう意味だ、惰性で交際しているカップルや、倦怠期の夫婦じゃあるまいし。  いや、と天音は考え直す。マンネリなんて言葉が出るほどには、自分と三喜雄はつき合いが長いのだ。4月に三喜雄と知り合って、彼の周りを親し気にちょろちょろしている連中とは、格が違う(何の格だかよくわからないが)。 「じゃあ関係の活性化のためにも、ルート考えとく」 「そう? 任せた。あまり高い店とか寄るのはパスで」  三喜雄の言葉に、これは誤解されていると天音はまた悲しくなる。おそらく彼は、上野で開催した声楽専攻の打ち上げ代が高かったことを言っている。皆が飲みまくるので酒代を追徴する羽目になり、一部の参加者から軽い苦情が出たのだ。天音が店を選んだ訳ではなかったのに、幹事を手伝ったばかりに、自分のせいだと言われているようでいささか不本意だった。  その辺りも三喜雄には説明しようと思いつつ、天音は自主練習を始めるべく、ピアノのある部屋に向かった。彼と遊びに行くことを思うと、ちょっとわくわくした。
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