番外編 姫との夏休み

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 その日は爽やかに晴れて、絶好のサイクリング日和だった。お互いTシャツにジーンズという軽装で、JR札幌駅前に集合した。  三喜雄は故郷の空気を吸ってリフレッシュしているらしく、今日の天気のように晴れやかな顔をしていた。そういえばゴールデンウィーク中は、直前に体調を崩していたこともあり、彼がやや冴えない顔だったので心配になったものである。あの時彼は珍しく、周りが皆上手なので自信が無くなったとこぼしたが、その辺りのもやもやは減少したのだろうか。  まずレンタサイクルの一日券を購入し、駐車場で自転車を借りた。ハンドルを押しながら、三喜雄は言う。 「何か俺、どうして夏に北海道に本州から人が押し寄せるのかよくわかった」 「え、本州が蒸し暑いからだろ?」 「うん、めちゃ実感……塚山はお盆開けたらもう東京に戻るんだろ? あの暑さにはもう慣れてるのか?」  訊かれて天音は、そうだな、と答えた。 「それにさ、東京に居たほうが有益な音楽情報がいろいろ入ってくるし」 「それは確かに、でも暑いんだよなぁ……慣れるしかないか」 「そうだ、慣れろ」  笑いながら自転車をこぎ出すと、風が心地良く爽快だった。この時期にこの快さを東京の屋外で得ることはできない。天音は三喜雄を先導して北に向かい、すぐ傍の国立大学の敷地に向かった。門をくぐり、広い道の両側で夏の太陽に葉をきらきらさせるイチョウの木々の下を走る。 「なあ片山」  後ろを走る友人に話しかけた途端、天音はサイクリングは失敗だったと悟る。市内を自転車で走る際、並走はマナー違反だ。ということは、これからずっとこんな調子で話さなくてはいけなくなり、一日こんなことをしたら、確実に喉に負担がかかる。  すると三喜雄は、天音の軽い苦悩を察したかのように、すっと右隣りにやってきた。 「休み中でそんなに学生も走ってないし、ゆっくりなら並んで走ってもいいかな」  大学の敷地内とはいえ、ここはほぼ観光地なので、他にも徒歩や自転車で木陰を楽しむ人たちがいる。周囲に気を配りつつ、ハンドルを握った。
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