番外編 姫との夏休み

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「何言おうとしてたんだっけ……ああ、前期の成績どうだった?」 「へ? 思ったより良かったかも、自分的には何やってたかわからないまま終わった感あったんだけど」  三喜雄の返事を聞き、春のスランプのようなものからは脱したのかなと天音は思った。 「そりゃよかった、芸大の雰囲気にもだいぶ慣れたんだな」 「そうとも言えるし、そうでもないような気もするし……まだ半年だからなぁ」  ちらっと右を見ると、三喜雄の暗い色の髪が夏の木漏れ日に透けて、木の幹のような素朴なダークブラウンになっていた。彼は天音と違い、以前から髪色を加工することに全く興味が無いが、本当はこんな色なのかとちょっと驚く。 「みんなほんと上手いから、あんなとこに放り込まれてマジで、あまり何も考えずに歌ってる俺でも焦るというか」  三喜雄は苦笑しながら言った。のんびりと風を受けながら、天音は返す。 「何も考えずに歌ってるってことは無いだろ……つかおまえたぶん、学部時代が周りを意識しなさ過ぎだったんじゃないのか」 「そんなことないぞ、たぶんおまえよりは意識してた」 「どういう意味だ、おまえ絶対に俺の頭の中が空っぽだと思ってるよな? 高校時代の偏差値は、俺のほうがちょっと高かったはずだ」  噛みつく天音に、そういう意味じゃない、と三喜雄は笑った。 「塚山は学部時代も頭一つ出てたんだろ? だから周囲をほとんど歯牙にもかけてなかったって、北島さんが言ってた」  北島瑠美がそんな話を三喜雄にするとは。天音の驚きをよそに、彼はさらに続ける。 「太田さんはそれがムカつくから、歯牙にかかってやろうと思って頑張ったけど、3回4回の時はことごとく負けたから、いつか叩きのめすって……あ、彼女の『負けた』っていうのは、コンクールと学部の首席のことみたい」  天音は太田紗里奈の言葉にも引っかかった(叩きのめすとは、できるものならやってみろと言いたかった)が、三喜雄が声楽専攻の女子たちと自分の噂をしていることのほうが気になってしまった。
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