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「古いんだけど、どうしてその歌なんだよ」
三喜雄は上半身だけでくるっとこちらを向いた。その動きが若干ミュージカルがかっていて笑えた。
「こないだ松本がさ、この曲って北海道っぽいのかって訊いてきたから」
「松本? ああ、大阪出身のピアニスト」
「大阪じゃないぞ、神戸だ……その辺関西人は割とこだわってるから気をつけろ、大阪人以外に大阪ですかって言ったら、何故か気を悪くする」
天音は何だそれ、と言って笑った。ところが三喜雄は歌うのをやめて、大真面目な顔になる。
「いや、富良野が札幌とは全然違うっていうくらい、大阪と神戸は違うらしいんだ」
「は? 神戸と大阪って近いじゃないか……ああ、神戸も京都みたいに、大阪を蔑む感じ悪さがあるのか?」
天音が問うと、三喜雄はうーん、と首を捻った。
「松本はおまえみたいに感じ悪くないぞ……どうして大阪と一緒にされたくないのか、今度訊いてみる」
俺みたいに感じ悪いってどういう意味だ! 天音は鼻白む。
「俺は別にどっちでもいいけど……で、おまえこの曲のことは何て答えたんだよ」
三喜雄は本題に戻ったことに、ああ、と目を見開く。何気にこの男は、こういう反応が面白いので、見ていて飽きない。
「そうだなって答えた、異議ある?」
「いえ、ございませんです」
天音はちらっと、三喜雄が神戸出身の「結構弾けるのにコンクールで上位を獲れない」と噂のピアニストと、知らぬ間に仲良くしていることが不愉快になる。天音の薄いもやもやも意に介さず、三喜雄はポプラを見上げ、両手を広げて再び歌い始めた。
「『私だけにくれる、あの顔でsmile, smile, smile』……」
余程気分が良いらしい三喜雄が微笑ましく、天音はスマートフォンを出した。カメラを立ち上げ、無邪気な友人の斜め後ろ姿を、本人の許可も取らずに撮影する。青い空に緑の木立ち、それに彼の白いシャツが如何にも夏らしくて、天音は自分の中の小さなわだかまりを忘れた。
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