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◇第3場◇
紗里奈の魔手から三喜雄を守るのも大変だが、もう1匹、駆除すべき手強い害虫が三喜雄の近くにいる。彼の暮らすマンションに住むクラリネッティスト、小田亮太。同期だが器楽専攻ということもあり、天音はこの男と学部生時代からほとんど話したことがない。ただ彼は管楽器の面々の中でも、コンクールの成績や普段の活動が派手なので、何者かくらいは知っていた。
三喜雄が東京に出てくるにあたり、天音は彼から頼まれて、住む場所を探す手伝いをした。幾つかの物件をピックアップしたが、三喜雄が選んだ千駄木のマンションは、ここはいまいちだと思いつつも、大学のお薦めなのでリストに入れておいた物件だった。
「どうしてあんな防音も完璧でない古いマンションにしたんだよ」
天音はつい非難の口調で三喜雄に詰め寄ってしまい、温和な三喜雄が珍しく怒った。
「なら最初からリストに入れるなよ!」
悪い癖で、相手から強く言われると天音は引っ込められなくなる。
「俺のマンションに空きがあったら、リストなんか作らないところだよ! 学部生ならいいだろうけど、課題も多いのに、あれじゃ夜に練習できないじゃないか」
「夜に練習はしない」
三喜雄はきっぱりと言った。
「10時過ぎまで練習したのは大学の卒業演奏会の直前だけだ、おまえの家みたいに俺ん家には防音室なんか無いからな」
まただ、と天音は悲しくなる。おまえの家とは違うと言われると、返す言葉が無い。しかし嫌な沈黙がしばし流れた後、折れたのは三喜雄だった。
「ごめん、せっかくいろいろ紹介してくれたのに……俺あそこ気に入ったんだ、家賃も手の届く範囲だし、周りの雰囲気もいいし」
三喜雄にしょぼんとされると、子どもの頃に可愛がっていた雑種の犬の、いたずらや粗相をして母から叱られた時の顔を思い出し、天音のほうがいたたまれなくなった。
決めてしまったなら、仕方がない。食事をする店も買い物をする場所も沢山ある地域なので、日常生活を大切にする三喜雄には、こういうところのほうがいいだろうと思うことにした。
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