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◇第4場◇
前期試験が近づいた。実技試験を抱える慌ただしさや緊張感は学部の頃と変わらないが、院生になり、先生方の自分たちを見る目がより厳しくなったのを感じる天音である。
オペラ基礎クラスでは、各グループへの試験前の個別講評がおこなわれた。天音は瑠美と共に、このクラスを担当する杉本哥津彦教授の研究室に呼び出された。
楽譜とCDと、割合は少ないが一般書籍で埋まった本棚の前に置かれたソファに、並んで座る。杉本は、まず楽譜を出して、技術面に関する話をする。
「難しい曲をよく読んで暗譜してくれてると思う、たまに強弱が抜けてるから、再度楽譜を見直すように……北島さんは歌詞をもう少し読みこもうか、あと日本物の足元は外股NGで」
自分と瑠美が音程の乱れなぞ指摘されるはずが無かった。自惚れ抜きで、オペラ基礎クラスの5つのグループの中では、技術的に最高だろうと天音は思う。ただ、瑠美は蝶々さんに必要なドラマティックさと透明感を兼ね備える良い声なのに、華が無い。それが天音の一番の不満だった。
想定外に、杉本がまず自分を見たので、天音はぎくりとした。
「塚山くんは、何を思って歌ってるのかな……これってどんな場面?」
えっ、と天音は呟き、警戒する。そんなことを今更確認されるなんて。
「婚礼のごちゃごちゃが終わって、やっとピンカートンが蝶々さんと2人になれて……って場面です」
杉本は天音の返事に頷いたが、それで? と続けた。
「やっとこの女性を自分のものにできるんだ、と思って歌ってる?」
もちろんそのつもりだった。はい、と天音は応じたものの、そう見えないから杉本がこんな言い方をしているのは明らかだった。
「それが伝わらないな……周りの人間から何を言われようと、自分と結婚すると決めた、自分よりずっと年下の異国の女性に対する慈しみとか、愛おしさとか」
天音はこれまで、杉本から解釈面でのダメ出しをあまり受けたことがなかっただけに、ショックだった。杉本はさらに追い打ちをかけてくる。
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