第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

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 授業が終わってすぐに帰宅した天音が思いついたのは、三喜雄と夕飯を食べることだった。彼も杉本から講評をもらっているだろうから、何を言われたのか聞きたかった。  確か三喜雄は夕方に個人レッスンがあるので、アルバイトには行っていないはずだ。メッセージも送らずに、駅前の酒屋で白ワインを1本買い、山手線とメトロに揺られてのんびりと千駄木に向かう。日が落ちたにも関わらず抜けない暑さに耐えながら、古いマンションの階段を上がり3階に着くと、ちょうど奥の角部屋の扉が開いた。  そこから姿を覗かせたのは、楽器のケースを背負った、ど厚かましいクラリネッティストだった。天音は緩く舌打ちする。 「お、塚山じゃん……三喜雄、約束してたの?」  天音に気づいた小田は、部屋の中に向かって言う。三喜雄の上半身が出てきて、顔がこちらを向いた。 「えっ、塚山? こんな時間にどうかした?」 「アポ無しで悪い、メシ食わね?」  言った天音を見て、小田は唇を歪めた。彼は残念ながら、これからレッスンがあるようだ。さっさと散れと天音は胸の内でうそぶく。  小田は三喜雄に笑顔を向けた。 「そんじゃまぁ、大体あんなスケジュールで頼むわ」 「わかった、集客したほうがいいのか?」 「もちろん、来てくれそうな人がいるなら呼んで」  天音は2人の会話に鼻の横がひくついたのを自覚した。小田は何を持ち掛けているんだ? 天音の放つ不穏な空気を察したのか、三喜雄が説明する。 「12月にランチタイムコンサートをするんだ、1年上の柳瀬さんの企画で」  柳瀬とは確か、器楽専攻のヴァイオリニストだ。自主企画コンサートなんて、またそんな面倒くさいことに首を突っ込んで……。三喜雄を心配していると、小田が話しかけてくる。
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