第4幕/おっさんフィガロとときめくピンカートン

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 あっという間にマルゲリータが消え、茄子とベーコンのピザの箱が開く。 「いや、何があったか知らないけど……俺も太田さんの噂は聞いてる、女としての太田さんには興味無いし、塚山が心配しなくても大丈夫」  三喜雄はあっさり言い、ビールを飲んだ。 「あー美味しい……野菜も食えよ、野菜が足りないからおまえはいつも感じ悪いんじゃないのか?」  サラダを皿に取り分ける三喜雄を見ていると、酷い言葉を浴びせられても、こいつがいて良かったなと何故か思ってしまう天音である。 「……キャラの温かみが無いって言われた」  ビールに口をつけ、トマトをフォークに刺しながら天音は言った。三喜雄はじっと天音を見つめている。 「北島さん相手だと盛り上がれないってのは正直あるんだ、でもそれ以前に、いつもそうだって」  三喜雄は少し首を傾けて、言った。 「塚山はそんな風に先生から言われたのは初めてなのか?」 「いや……ドリエッレ先生から、情が乗り切らないのが惜しい、みたいに言われたことが……」  杉本からは初めてだが、4回生の春に飛び込み参加した、ミラノの音楽教授の特別レッスンで指摘された。そういう意味だったのかと、今更思う。  互いのグラスにビールを順番に注ぎながら、三喜雄は言葉を継ぐ。 「ぶっちゃけその先生の言うこと、わからなくもない……塚山の歌っていつも安心して聴いてられるし、歌うのが好きなんだなぁってめちゃ伝わるんだけど、たまにその先が……」  その先が? と天音はおうむ返しする。何が足りない。ヒントが欲しい。 「歌の世界に、生身の人間がいないような物足りなさがある」  天音は茄子とベーコンのピザを手にしたまま、三喜雄の忌憚ない言葉に衝撃を受けて固まった。いつもの天音なら、こんな指摘を同世代の人間から受けたら、嫉妬から出た言葉だろうと解釈して鼻で笑うところなのに。彼は続ける。
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