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どうしてこいつは、すぐに誰とでも仲良くなれるんだろう。大学2年のコンクールの本選の時、一緒に出た奴らとやたらと連絡先を交換していた。それに、東京に出てきているこいつの高校時代の知り合いが、舞台をこぞって観に来ていた。どうして、所属しなくなったコミュニティの人間と縁が切れないのだろう。
天音が返事を寄越さないので、三喜雄は口を開いた。
「俺は藤巻先生から、歌のバックグラウンドを考える作業をかなり仕込まれてると思う、大学の演劇の授業でやったキャラ作りも勉強になった……でも結局、裸の自分が歌う根底に来て、その上にいろいろ足されるんじゃないかと最近思うんだよな」
三喜雄は立ち上がり、冷蔵庫からワインを出した。それからエアコンの風を少し強くする。ソムリエナイフを持って来ていたので、天音はワインを受け取り、コルクと瓶の間に差しこんだ。
「……考え無しに歌ってるつもりは無いんだけどな」
「だからまだ足りないんだよ、歌うのが楽しい気持ちが先行したら、嬉しい歌も悲しい歌も一緒になってしまうだろ」
ワイングラスなどという小洒落たものは無いらしく、ビールを入れているのと同じグラスが出てきた。ぽん、と大きな音を立てて栓が抜ける。
「おまえフィガロをどう作ってるんだよ」
ロマン派のプッチーニと古典派のモーツァルトでは、キャラクターの作り方が多少変わってくるのだが、天音は敢えて訊いてみる。三喜雄は、大したことないという口調で応じた。
「スザンナとフィガロはちょっと同志感みたいなのがあるし、もう出逢ったばかりでラブラブとかでもないだろうから、あまりベタベタしないようにしてみたんだ」
そこが後妻を迎えるおっさんに見えてしまったと、三喜雄は苦笑混じりに言う。
「でも、かつて恋のキューピッドまで務めた、長いこと仕えてる伯爵に激ギレして、主人がスザンナに手を出そうとするのを全力で阻止するから、ああやっぱりスザンナが好きなんだよな、って感じ?」
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