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多少思い当たる節がありつつ、訊いてみた。髪をぼさぼさにした三喜雄は、シーツを敷いたマットレスの上に正座して、寝転んだままの天音に目の高さを合わせてきた。ボディソープやシャンプーの温かい匂いがして、ちょっと落ち着かない。天音は今年の2月に、交際していた年上の社会人の女と別れて以来、誰とも同衾していないので、他人の風呂上がりの匂いを至近距離に感じるのは久しぶりだった。
「おまえがいつも歌ってて楽しそうなこととか、絶対高音外さないこととか」
三喜雄は視線を固定して、明らかに天音の反応を観察していた。
「……何だそれ、おまえもそうじゃないか」
「自信満々で立ってるだけで華があるとことか」
容姿は持って生まれたものに、研磨が加わり自分の魅力となる。三喜雄はそこにそんなに力を入れていないので、元々の容姿に華はあまり無いかもしれないが、舞台の上で化ける。彼が歌い終わると皆、「あの子素敵だったね」と彼に好感を示すのだ。
説明するのが面倒なので、結論だけ述べた。
「片山が俺に引け目を感じることなんか何も無い」
しかし三喜雄は気怠げに首を横に傾けた。
「俺はおまえほど音楽に全てを賭けてない」
「は? じゃあ院まで来て何勉強してるんだ?」
「え、音楽だろうな」
三喜雄は低く笑いながら答える。
「だから何の迷いもなく音楽やってる塚山が、キラキラ眩しくてたまにムカつく」
目の前で三喜雄の顔に浮かんだ、やや自虐的な笑みを、天音は今まで見たことが無かった。ムカつくとは、どれくらいのレベルなのか、天音にはわからない。ただ、迷わず全てを音楽に委ねられない思いから、彼の教職課程へのこだわりなどが生じているのだということは、納得できた。
三喜雄は真面目な顔で言う。
「これは完全に私の勝手で卑屈な思いでありまして、塚山様が私ごときの友達の称号を泣くほど欲してらっしゃるとは、想像だにしておりませんでした」
「……どこの執事なんだよ」
天音は突っ込んでから、小さく溜め息をついた。
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