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「俺だっておまえがいつも一曲一曲に魂吹き込んでくるのが羨ましい……俺はこんな風には歌えないって、高3の時に察してたのかも」
それは、一生口にしたくなかった言葉だったかもしれない。敗北感のようなものを覚えながら、天音は目を閉じた。すると肌触りの良い軽い布団が肩まで引き上げられた。
「俺なんか所詮小物だっつの、おまえはいつも俺のずーっと先を走ってるよ」
吐息混じりの柔らかい声がした。少し笑いが含まれているようだった。
「舞台の真ん中に立つ人間に、エキストラが友達呼ばわりするの、恐れ多いんだって……」
小さな電子音がした。瞼の裏が暗くなり、おやすみ、と遠くで声がする。
三喜雄の言ったことには間違いがある。天音はまだ三喜雄の先を走っていると思うが、彼は断じてエキストラではない。だから友達じゃないというのなら、全力で否定したかった。
それにしても、プライドの高い自分が酔っ払って泣き喚き、旧知の男に友達と認めろなどと絡んだなんて、本当にどうかしている。末代までの恥レベルの大失態だ。家族には絶対話せない。持って来た白ワインに、何か変なものが入っていたのかもしれない。見たことの無い珍しい銘柄を選んで、美味しく飲んだのだが。
にもかかわらず、天音の心は凪いでいた。自分のことで泣いたのは、何年振りだろうか。こんなにすっきりした気持ちになること自体が久しぶりで、襲いかかってくる眠気さえも気持ちいい。緩くつけられたエアコンの風が、泣き腫らした瞼を冷やしてくれる。
「片山」
目を閉じたまま呼ぶと、ふん、と低い声がベッドの下から聞こえた。
「俺たち友達だよな」
「ん……もう塚山が可哀想だからそういうことでいい」
ふにゃふにゃした返事だった。三喜雄は半分寝ているのだろう。
「憐れみかよ……」
そのうち、すう、と自分のものでない、深くて長い呼吸音が聞こえ始めた。まあいい、今はとにかく、全てを忘れて安心して眠ろう。天音は思う。横で寝ている男は、この騒々しい都会で、いや、この世の中で一番信用できる奴だから。
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