終曲/帰省

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 スマートフォンが震えた。プッシュ通知が、松本咲真からのメッセージを表示していたので、三喜雄はすぐにパスワードを入力しロックを外す。 「明日10時10分に会いましょうってことでいい?」  松本はそう訊いてきた。彼も明日帰省する予定だが、飛行機を使うという。三喜雄が乗る羽田発新千歳行きと、松本が乗る伊丹行きの出発時間が30分しか変わらないので、羽田に一緒に行こうと言って来たのだ。  三喜雄は指を動かした。 「いいよ、問題ないです」  普段上野と自宅の間を自転車で行き来するだけなので、まだ東京のメトロの乗り継ぎがよく分からない同士、羽田までもたもた行こうという話になった。心細かったので有り難い。松本は新幹線で帰るほうが便利なはずなのだが、先に伊丹市に住む祖父母の家に寄って、顔を見せてやるのだという(彼にはそういう優しさがあり、三喜雄も彼がちらっと見せる情の厚さが好きだ)。それで神戸市の実家にすぐに移動できるというのだから、関西圏の都市の距離感も、やはり三喜雄にはちょっと想像がつかない。  せっかく待ち合せているのに、会えなかったら意味が無いので、三喜雄は細かく指示を出しておく。 「前から2両目の前の扉の辺りにいます」 「了解でーす、では明日よろしく」  やり取りはそれで終わった。松本はいつも、話す時とは打って変わって、メッセージがあっさりしている。彼は結構ディープに、自分がどういうピアニストになりたいのか迷い悩んでいると三喜雄は受け止めているのだが、レストランで彼の伴奏で演奏することには楽しみしかないので、そんな自分を勝手だなと思ってしまう。彼がソリストとして活躍したいと言うのであれば、もちろん全力で応援したいと思うけれど。ああそうだ、レストランで歌う全てのプログラムを、一度藤巻に聴いてもらおう……ラフマニノフには渋い顔をされそうなので、納得してもらえるように、もう少し仕上げておこう。  松本からじゃがいものお菓子をリクエストされているが、どれだけの人間にお土産を買って帰らないといけないのか、書き出してみないとわからない。この辺りは塚山天音に訊くのが良さそうだ。彼はまあいつものように、自分が札幌に戻り次第会おうと連絡してくるので、急がなくてもいい。ちなみに三喜雄は、塚山がいつ実家に帰るつもりなのか、知らない。
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