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「車検が通ればいいのでしょうかね?」
「そうですよね」
「それで許されるなら、匂いの問題なんてものも、おきない気がしますけどね」
「確かにそうですよね。香りの問題などもおきないですよね」
「生活音だと言えば、奇声を発しても、深夜の洗濯も、早朝の掃除機も何もかも許されてしまいます」
「そうですよね」
「でも、最初はみんな味方じゃなかった。自治会長さんのお陰で味方になってくれたわけで……。戦うのは、孤独な事ですよね」
「そうですね。ようやく声をあげた人をみんな避難する。泣いたり、優しさを見せつける人だけを庇って。頑張って勇気を出した人を正義の剣で切り裂くんです」
私の目から涙がポロポロと零れ落ちる。
「涙を流さずに必死に訴えた人間は、強いと思われるんですか?軽視される人間として扱われないといけないんでしょうか?」
「この世の中、本当に抱えている人は、強くみられて軽視される。本当は、必死で戦っているのに……。涙を流して訴えたり、私は可哀想だという主張をする人だけが守られる。理不尽な世の中ですよね。わかってくれる人が1人でもいればいい。そう思って戦う事は孤独で。頑張って声をあげて必死で立っているのにわかってもらえなくて……。俺は、そんな人を支えてあげたいって思いますよ。そんな人ほど、心が折れる時は一瞬だから……それは死に直結するもので」
「私は、亮太さんが味方になってくれたから。夫との事、頑張れています。これが、一人だったらきっと丸めこまれていました。人間は、弱い。強い人なんて、そんなに居ないんです。楽な方についつい流れてしまう。亮太さんがいなかったら、私は夫といる事にしていたでしょう。いつか壊れて逃げたくなった時は、自分を殺せばいいだけだからと思って」
「瑞穂さん……一緒に戦ってくれてありがとうございます」
「私は、何も……」
「瑞穂さんが居たから、俺も戦えてるんですよ」
誰に何を思われてもいい。
そう思って戦っていても、いつか心が壊れてしまう。
声をあげる事、戦う事は、孤独になる事。
その孤独にたった1人で耐え抜く自信は私にはない。
だから、私は流されてしまう。
本当は嫌なのに……。
自分の心を殺してまで従ってしまう。
小山田さんの事もそうだ。
自治会長さんが味方にならなければ、車検が通るんだからいいでしょと言われただろう。
波風をたてたくないから、車検が通るなら仕方ないわよねと皆さん小山田さんの味方になっただろう。
本当はうるさいと感じているのに、本当は迷惑だと感じているのに……。
声をあげる事を躊躇う。
孤独になりたくないから、好奇な目にさらされたくたいから、波風をたてたくないから、これからも住んでいきたいから。
色んな理由を並べて、色んな言い訳をして我慢して耐える。
声をあげた人間をどうして排除しようとするのだろう。
車検に通るなら何をしてもいいと言うのは……。
それでいいなら。
みんな、自分の乗りたい車に乗っている。
車検が通れば生活音になるという言葉で押し通すなら。
どんな音を出しても生活音で許される。
みんな、それぞれ常識を持って生活してるのだ。
正しさの武器を間違えて使う小山田さんの奥さんを私は許せなかった。
「小山田さんは、生活音って言葉で押し通そうとしていましたよね」
「はい。生活音なら許される。正しいと言われたのだから問題ない。そう言っているのをヒシヒシと感じました」
「俺もです。正しさの武器を間違えて使う人って暴力だと思いませんか?」
「思います」
「同じですね。何だか、俺達似てますね」
彼の言う通り、私達はよく似ている。
だからこそ、私は彼が味方になってくれたから戦えるんだ。
「もうすぐつきますね」
「はい」
彼が知りたい事を知る為に向かっている場所にもうすぐ着く。
「親子じゃないとわかったらどうしますか?」
「離婚はもちろんですが、養育費なども話し合いますよ」
「そうですよね」
全てを終わらせて、私も彼も離婚する。
自由になる権利はあるはずだから……。
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