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扉の向こうのあんちくしょう
ピンポン。
人気のない時間帯に、玄関のチャイムが鳴った。
「……寝るところだったのに」
眠気で重たい頭を持ち上げ、ベッドから這い出す。
一体誰が、何の用だ。
「はーい……」
気だるげに返事をしながら、玄関へと向かう。
いや待て、流石にこの時間に誰か来るのはおかしいだろ。午後二十三時だぞ?
酔っ払いかいたずらか、それとも変質者か。
恐る恐る、扉の魚眼レンズを覗き込む。誰もいない。もしかしたら私の気のせいか?
ピンポン。
「……え?」
待て待て待て。外には誰もいなかったぞ。じゃあこのチャイムはなんだ?
もしかして幽霊的なあれ?
私は頭を抱えた。一日の最後に、なんてものが来るんだよ。一体私が何をやったというのだ?
息を飲み、後退りしながら少しずつ扉から遠ざかる。とりあえず距離をとってやり過ごして……。
ピンポン。ピンポン。ピンポン。
「いや、うるさいんですけど!?」
しまった。いきなりのことで、思わず扉を開いてしまった。
突っ込んだ時には、後の祭りで、玄関の扉は思いっきり闇夜に向けて開け放たれていた。
ふギャァ……
「……え?」
玄関の前には、三毛猫が倒れていた。
さっき扉を開けた時に、思いっきり当たったらしい。間抜けさんめ。
それにしても彼女が犯人だろうか?
「いや、そんなわけないか」
猫の手がチャイムに届くわけない。届いたとしてもチャイムの連打なんてできるわけない。できたらそれは妖怪か何かだ。
「……痛いぞ、人間」
まして猫が喋るわけもない。だからきっとこの声も空耳だろう。うんそうだ。
「寝よ」
「待てこら人間」
下をみると、猫が喋っていた。
なぜ? と思うまもなく、猫から勢いよく煙が吹き出してくる。いきなりのことで、口元をパジャマの袖で抑え、ケホケホとくしゃみをする。
手を降って煙をはらう。しばらくすると、視界を覆う白が段々と薄れていく。
目の前には、一人の少女がいた。江戸時代みたいに、古風な着物を着ていて、おかっぱな少女。ただしその少女の頭には、猫耳がついていた。
「どうだ、驚いたか人間」
「……ああ、これ夢だ」
そうだ。そうに違いない。眠気のあまり、ありもしないものを見ている。ということはさっさと寝た方が良い。そう、寝よう。
「無視するな人間!」
少女が足にしがみついてきた。自分の腰ほどしかない小ささだが、とてもそう思えない程に力が強い。振り解こうにも、身動きが取れない。
「我は猫又ぞ。とこしえの昔より、今に至るまで生きていた、動物の魔性たる人外の者ぞ」
幼女と思えない怪力。頭から生えた耳。そしてどことなく獣くさい匂い。いずれも目の前の存在が、人間ではない何かだということを示していた。
けれどどうしてだろう。どうにもこう、実感が湧かない。
人外のものということは、納得できるのだが、それにしては
「可愛すぎるんだよなぁ」
どうしても小さいお子様にしか見えなかった。
「こら人間、馬鹿にしているのか」
「えっと、飴いります?」
「飴? くれるのか? ……じゃない! やはり馬鹿にしているな、人間!」
ちょろい。そして可愛い。
「いいか人間、我は怒っている。我は貴様に復讐をしに来た!」
「何かしたっけ?」
「こら頭を撫でるな!」
そうは言われても、手の感触が気持ち良いのである。
「ふギャァ! 髪が! 髪が乱れる!」
「復讐ってなんです? 私なんかやりました?」
「今! 今、やっているわ阿呆めが! じゃなくて復讐は別件じゃ」
体を振り解いて猫又は後ろに後ずさる。もう少し頭なでなでしたかった。
「貴様、私に食べ物をやっただろう。甘くて、ふわふわで、甘いやつ」
「ケーキのことです?」
「そう、それだ! 我はこの千年、これほど甘味を帯びた、芳醇な食べ物をついぞ食べたことはなかった」
「寂しい人生ですね」
「言って良いことと、悪いことがあるのだろ。泣くぞ人間。というか貴様、猫にアレを食べさせたらいけないと知らなかったのか」
「え。ケーキってダメなんですか」
「ダメに決まっているだろ。ケーキを食べたらなぁ、美味しすぎて他の食べ物が食べれなくなるだろ!」
「あー。うん、そーですね」
なんか全てのことがどうでもよくなってしまった。なんで私は幼女に怒られているんだろう?
「棒読みだな貴様」
「ソンナコトナイデスヨ」
「……まぁいい。おかげでゴミ袋の残飯や、道に転がった動物の死体とか食べれなくなるじゃないか。我は絶対に許さない。貴様には責任をとってもらう」
「責任?」
「うまいものを食わせろ! じゃなければ暴れるぞ」
復讐にしてはずいぶん微笑ましかった。
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