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「おや、こんばんは。今夜は月が綺麗だね」
と、月が蒼く照らす夜、黒猫は言った。
バイトが終わった後、日課の散歩の道端でバッタリ遭ってしまったこの子猫に、自分も疲れてたんだろう。少しお喋りに付き合うことにした。
「それ、意味わかってて言ってるの?」
「その意味とはどれを指してる? そこをはっきりさせてもらわないと」
黒猫は鼻につく表情でこちらに視線を向ける。
こっちはというと隣を歩きながら、軽くため息を吐いた。
「猫のくせに、夏目漱石を知っているのか」
黒猫はこれ見よがしにため息を吐いた。
「『猫のくせに』なんていうのは君の勝手な先入観だ。彼は“吾輩”達の書籍も遺している。知らない奴の方が珍しいくらいさ」
「そうか。それは知らなかった。猫の世界もなかなか情報が行き届いてるものなんだね」
「そりゃ猫だからね。仲間内で町中の情報をやり取りしてるのさ。町のことに精通しててもおかしかない」
「情報屋みたいだ」
「まあそう言ってもらっても過言ではないかもね」
いや、知らなかった。猫の世界でそんなことがあるなんて。けれど猫の多いこの町だ。もしかしたら猫達の知らないことなどないのかもしれない。
「だからもちろん、君が今夜ここを歩いている理由も知っている」
息を呑むのと同時に歩みが止まった。
「バイト先の女の子の告白を断っていて遅くなった。そうだろう?」
「なるほど。最初の挨拶は皮肉かい」
黒猫はその場に座り、こちらを見上げた。
「皮肉だなんて。被害妄想はよくないよ」
「じゃあ偶然かい?」
「必然だね」
一体何が違うんだ……? 思わずげんなりと顔を顰めた。
「で。そんな皮肉屋が何の用?」
猫はこちらとは対照的ににんまりと笑った。
「用というほどの用じゃない。ただ今日の告白の真相が知りたくないかと思って馳せ参じただけさ」
「真相?」
猫はこちらの反応に気をよくしたのか饒舌に語り出した。
「あの子ねえ、君以外にも今夜3人に告白してたよ。2人はまんまと騙されお熱さ。君に振られた話をダシにね」
「まあ、そうだろうね」
「驚かないんだね」
「知ってる奴は知ってるくらい有名人な子だからね。──さてもういいかい? バイト終わりの散歩は疲れるんだ」
一日中、飼い主以外の相手をして過ごすのは疲れる。
「ああ、ああ。そいつはすまなかったね。誰かに言いたくってお口が迷子になってしまって。それでは、おやすみなさい。いい夢を」
犬のお巡りさんとお喋りな子猫の一夜──。
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