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「ほう……」
崖を登った途端、思わず声が出た。
崖の上にあったのは見渡す限り一面に広がる色とりどりのお花畑だった。膝丈ぐらいの草が花を咲かせ、手のひらにのるぐらいの可憐な花が、微かなそよ風にふわふわと揺れている。
太陽は中天にあり、雲ひとつない蒼穹の下、花の海が広がっていた。
「素晴らしい眺めね……」
息をついた。この美しさはこれまで見た中でも一二を争うほどだった。
この景色を独り占めしたい! この景色の中に誰もいて欲しくない。いつも美しい景色を見た時に湧き上がる強い衝動があった。
これが冒険家になるということ。
どんなに醜いものを見たとしても、それをひっくり返せるぐらいの美しいものに出会い独占できる。冒険家だからできる。この風景に意味を持たせられるのは今は私だけ。
「お前たちは海岸線の探査に加わって。しばらく一人にしてちょうだい」
後ろに控えていたアンドロイドたちに指示を出す。
<はい>
彼らは従順に頷くと、来た道を戻って行った。
花畑の中をゆっくりと歩いていく。ふと、ここにヘリオが来たんじゃないかと思った。彼もこの景色を見たのではないかと。いや、今もここにいるんじゃないかと。
私は、人影を探して空と花のあわいをゆっくりと見渡した。
でも、今ここにいるのは私だけだった。
誰もいない、誰も。当然だ。ここにヘリオが来たと確かめようもないのだから。
さらりと風が吹く。
それに誘われるように、一匹の蝶が側の花からふわりと浮かび上がり、私の目の前をひらひらと飛んで肩に止まった。開いたり閉じたりするその羽の模様は……。
「あげは蝶……私の蝶……」
蝶が私の肩から飛び立つ。
ああそうだ。ヘリオもここに来たに違いない。
「ヘリオー! ヘリオ! どこにいるの! 返事してー! ヘリオー!! ……お母様ー!!」
でも、どんなに呼びかけても、返事がないことぐらいわかっていた。
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