第2話 ただ不自由していた

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第2話 ただ不自由していた

 淡々と人間の品定め。声を掛けてきても無視していれば殆どの奴が去ってゆく。僕は僕と上手に交換してくれそうな人間をじっと待つ。明日の朝に帰って学校に行く準備する時間さえあればいいのだから焦らない。  沢山の人間がこれだけ行き来しているのだ、今日こそは上手に交換できる人間を探し当てたかった。僕をカネと交換した挙げ句に殴るような奴は大概、殴り方も心得ていて顔や身体に跡が残って困るような事態にはならないけれど。 「あんた、具合悪いの?」  ふいに降ってきた声が女性の声だったから僕は少し興味を持って見上げた。  お人好しにも程がある言葉を発した女性は意外にもお花畑の住人ぽくなくて、梅雨前の今は暑そうな革ジャンを羽織り、楽器のケースらしい大きな箱を提げていた。黒い革ジャンの下はアーミーグリーンのタンクトップだ。あとは膝と裾がボロボロのデニム。 「顔色、悪いんだけど気が付いてんの?」  返す言葉が想定していたレパートリーになくて僕はただ、 「さあ」  とだけ言った。言ってから間が開いたので女性をまじまじと眺めてみる。この暗がりでこっちの顔色が分かるくらい見られたのだからおあいこだ。  逆光だけれど何となくだが女性の造作が結構な整い方をしていて、端的に表現すればかなりの美人だ。でも化粧はしていないみたい。格好も相当無造作。自分にあまり興味がない分、僕に興味を分ける余裕があるのかもと考えてみる。  だけど僕は異性と寝る、つまり女性を抱くことがあんまり好きじゃない。  何故か男性側がサーヴィスして女性を悦ばせるのが普通だと思い込んでいる相手にばかり当たってしまったみたいで、どうにも面倒臭くなってしまったのだ。  出すモノ出して肩の力が抜け、暫くしたら頭がすっきりする。それだけなら自分で充分。ただそれだけのことに快感が必要とは思っていないけど、欲しけりゃそうするだけだし。  興味が失せたとばかりに俯いたけど、女性は諦めの悪い性格らしい。 「ホントにあんた、ジョークじゃなくてさ」 「大丈夫ですから行って下さい」  我ながら酷い棒読み口調で言った途端に唐突に面倒になって自分が行こうと思う。ここにしゃがんでいると、この女性と延々と問答するハメになりそうで、すると僕の今夜の収入はゼロということになりかねない。他にも幾つか『待ち』の場所は見つけてあった。  おせっかいな大人除けに。今だってそうだ。  でも立ち上がってみたら気持ち悪くて急に吐きそうになった。おまけに幾ら目をこじ開けても灰色のドットで埋まってゆく。そこまできてやっと自分が二日くらい飲み物しか摂っていないのを思い出す。空腹なんか感じないから食べなかったのだけど。  結局、貧血で倒れた僕を前にして楽器ケースの女性は途方に暮れたらしかった。
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