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「さあどうぞ。お飲みになって」
「わあ、これはこれは美味しそうなお茶ですね。いただきます」
なーにが「美味しそうなお茶ですね」だ。その辺のスーパーに行けば売ってる安物よ。
「うう、生き返ります。美味しいお茶ですね」
「まあ、ありがとう」
「ところで本題ですけどね。こちらのゲームというのが……」
そう言ってスーツ男の営業が始まる。
スーツ男の見立ては間違いない。人のよい母はスーツ男の説明をうんうんと頷いて聞いている。
「というわけで、どうです? 購入してみませんか?」
「まあまあ、素敵なお話ですこと。だけどあなた、営業かけるならもう少し身なりを整えた方がよろしいわよ?」
「へ?」
お、始まった。母のスイッチ。
「走ってきたのかと思うほどスーツがよれよれだわ。それにあなた、外が暑かったからなんて言ってたけど、ちゃんと水分はとってるの? ハンカチを持ってるみたいだけど、汗拭きながら名刺を渡すなんて、失礼にも程があるわよ。それにさっきから顔から汗もだらだら流れてみっともないわ。入れておいて言うのもなんだけど、この時期は汗かいたら臭いがきついんだから。スポーツマンならまだいいけど、あなた営業マンでしょう? そこら辺の配慮もちゃんとしなきゃダメよ?」
「うっ」
「それからもうひとつ」
母が一本指を立てる。
「あなたせっかくこんな素敵なお顔立ちなのだから、詐欺なんておやめなさい。それより私がいい仕事紹介するわ。うちの主人がね……」
「す、すみませんでした! 失礼しました!!!」
スーツ男は頭を下げてそそくさと逃げていった。
「ありがと、お母さん」
「あの人営業向いてなさそうだから、せっかくいいお仕事紹介してあげようと思ったのにー」
残念だわー、なんて言いながら母はさっきの男からくすねていた免許証を見ながら110番通報していた。
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