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翌日の夜、おれがアパートの玄関ドアを開けると、女はおれを見るなり、ひっ、とひきつった声を上げて、固まった。失礼だろ、一仕事して来たおれに。
「シュウくん、血まみれ!」
「ああ、今、あなたの旦那を刺してきた。最期を見届けることはできなかったが、胸のところに包丁が柄のところまで刺さったから、多分即死だろうよ」
おれは、夜の繁華街、パチンコ屋から出てきた旦那めがけて、包丁をもって突進した。旦那の体とおれの体、肉体と肉体がぶつかる感触をはっきりと覚えている。うん、大丈夫だ。
「シュウくん、なんで、そんなことしたの⁉」
「あなたが、そうしてくれ、と言ったから、そうした」
今さら、あの言葉は嘘だった、ってのは無しだぜ。これだから、女ってやつは。
「確かに言った。あいつに死んでほしかった。でも、どうしてシュウくんが、あたしのために、そこまでしてくれるの? あたしたちは、ただのセフレ。君はあたしの体だけが目的。そうよね?」
そうだ。女の気持ちなど知らない。優しくしたい、とか、愛しい、とか、昔々感じた初恋なんぞ、というピュアなものから、もうすっかり遠い。
「ただ、あなたが求めるなら、そうすべきだ、と思ったから」
女の乳が与えてくれたものに、少しはお返ししないと、と思ったから。それだけなんだ。そのために、おれが人殺しになっても、別に構わない。おれは、生きてようが死んでようが、別に誰も困らない。誰もおれを必要としていない。目の前の、この女だって、おれがいなくなれば、別の若い男をセフレにするだけだろう。それはわかっていた。
この世界にもともと、おれの居場所などない。そんなおれに、女の乳は圧倒的な、生まれて初めての幸せというものを与えてくれた。女の乳は、真っ暗な夜の海で漂流するおれが、しがみつく一枚の板だった。おれには必要なものだった。
それに比べれば、おれが犯罪者になって人生が終わっても、この刑務所生活が一生続こうとも、後悔はしない。
《FIN》
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