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乳の大きな女だった。
今はそれしか覚えていない。女の顔も、下半身も、着ていた服も覚えていない。ただ、大きな乳の間に鼻をつっこんだ時の、匂い。両頬をはさむ乳の暖かさ、柔らかさだけは鮮明に残っている。
「あんた、ヤルことばっかり。すこしはあたしを愛してよ」
女が言う。何を言っているのか、さっぱり分からない。おれはこんなにお前を求めているのに。お前の乳のことばかり考えているのに。お前と抱き合っている時だけ、生きている感じがするのに。
圧倒的に乳だった。ペニスを女の性器に差しこんだ時も気持ちいいし、射精快感もあるが、女の乳に触れている時の圧倒的な幸福感に勝るものはなかった。
「あんた、マザコンじゃない?」
呆れたように女は時々言った。これがマザコンなのかな。マザコンだとしても、実在しない母への執着だろう。おれは、実の母親は大嫌いだからな。
ある日、女のアパートに上がりこむなり女を抱いて、イッた後、また女の乳に顔をうずめて寝落ちしてしまった。目覚めると女の体がない。探ると、ベッドの端に座って、静かに泣いていた。
「あいつが来た」
あいつというのが、女の夫であることはわかった。夫は別の女を作って、アパートを出ていた。
「あいつが来て、あたしの金を盗っていった。イヤだ、と言うと叩かれた。もうイヤだよ。シュウくん」
「どうしたら泣き止む?」
おれは女に同情はしなかった。女の痛み悲しみが手に触れられるほど近くにある。なのに全く感じない。ただお気に入りの、ふかふかの布団が、濡れるのはイヤだ、というのに近い。
「あたしを泣かせたくなかったら……あいつを殺してよ」
女の声が、がらんどうの空間に響いた。
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