マーク・オースティン

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階段を上った先で待ち構えるガラス製の扉を開けると、高級ホテル並みの豪勢な内装が広がる。開放感のある吹き抜けが印象的なその空間に取り付けられた間接照明の暖かい明かりが優しく出迎え、ガタイの良いホテルマンもどきが何処からともなく俺の前に進み出た。 「ゲスト様でいらっしゃいますね……お名前を頂戴しても宜しいでしょうか?」 「アラン・グレイ」 「アラン・グレイ様……招待状はお持ちでしょうか?」 名前を答えても眉ひとつ動かさない彼は慣れた様子で微笑むと、小首を傾げて俺を見る。本心を見せないタイプに縁が深いのか、腹の探り合いに辟易した俺は小さく溜息を吐いてジャケットの内ポケットに手を伸ばすと、蝋留めの砕けた封書を手渡した。 「……ありがとう御座います、確認致しました。会場は6階となっておりますので、あちらのエレベーターをご使用下さい」 折り目正しく下げられた頭を一瞥しつつ、彼が指し示した方向に目を遣る。大理石調のタイルが続くその先には金色で統一されたエレベーターが2機並び、重厚な扉には細やかな細工が舞う。贅の極みを体現したような作りを鼻で笑った俺は、躊躇うことなく上へと向かうエレベーターをボタンで呼びつけた。 チン……ッ 呼んでから1分も待たずに訪れたがらんどうのカゴが開くと、三面に鏡が貼られた悪趣味な内装が大口を開けて俺を出迎える。踏み出して乗れば小さく揺れるそのエレベーターは、半透明に金文字で書かれた数字のボタンが地下から15階まで続いていた。 「6階、だったか」 独り言みたく呟いた俺は徐に『6』と表記されたボタンに手を伸ばすと、軽く指を添えただけで反応したボタンはほんのりと橙に色付く。暫しの静寂と、上るにつれて耳に感じる圧迫感。その絶妙に邪魔な感覚に舌打ちをした俺は、微動だにしない扉が開くのを今や遅しと待つ。急いでいるのは嫌悪のせいか、それとも扉の向こうに待つ獲物への執着か──。どうにも掴めない心情を自嘲しつつ、はやる気持ちを抑えて上部についた数字の色が、階数とともに進むのをじっとりと見つめる。 チン……ッ 再び軽快な音を鳴らしたエレベーターを見渡す。ゆったりと開く扉が左右に消えた時、俺の目の前に現れたのは無駄に高く作られた観音開きの扉と、派手な色味が散らばった毛足の長い絨毯が敷かれた場所だった。木で作られた扉の前には何処ぞの屋敷から借りてきた執事のようなドアマンが立っており、俺の顔を見るなり恭しく会釈する。 「お待ちしておりました、アラン様」 完璧な身のこなしには合わない程の冷たい微笑み。まるでマネキンが動いているような彼の前まで歩みを進めた俺は、「そりゃどうも」と瞼を伏せる。 「大変申し訳ございませんが、室内へ機械類の持ち込みは禁止されております。つきましては、そちらの腕時計や携帯等をこちらでお預かりしたいのですが……」 腰の低い物言いの男は、柔らかい笑顔を向けて小振りなトレイを差し出す。彼の穏やかでありながら有無を言わせない圧に大きく溜息をついた俺は、ズボンのポケットから携帯を、右腕からはお気に入りの時計を、そして、ジャケットの内側からはベレッタ92FS(相棒)を──。 「おい、これも預かるのか?」 出し掛けたピストルを男の前で揺らした俺は、彼の表情を見つめる。しかし男は一段と細く目を絞って「えぇ」と答えただけで、フロントの男同様微動だにしない。 16時43分。 トレイにピストルを置くと、視界の端に俺の腕時計が映る。そのアナログ表記の文字盤は、俺を心配するマークみたいに眉尻を下げてこちらを静かに見つめていた。
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