Christmas・eve

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結局この日の夕飯は、家族全員が食卓に揃う事なく自室で摂る事となった。 使用人の老婆、ケニーから伝達された「ご主人様は急なお仕事があられ、多忙を極めてらっしゃる」という言い訳に悶々としながらスープをスプーンで掬う俺は、難しそうな顔でこちらを見るスープの影をぐちゃぐちゃに崩す。 家族の予定が合わなければ揃って食べない日もあるはずなのに、こんな日に限って忙しいと逃げる父に苛立った俺の脳内には、不穏な想像があの手この手で蔓延る。 ──俺はなんて無力なんだ……。 落胆と自棄の勢いに任せてスープの皿を持ち上げた俺は一気にそれを飲み干すと、半分以上残った夕食を見つめならが考えを巡らせてゆく。 ──『今朝、アリーシャは学校に出掛けてから帰ってきていないんだ』 ジャックの声が耳の奥で響くたび、自分だけが全てから除け者にされているような気がして、酷く胸糞が悪い。 アリーシャが居なくなったのなら、何故俺にも教えてくれないのか?俺もアリーシャも、れっきとした家族じゃないのか──? そんな怒りと疑問だけが俺を突き動かし、遣る瀬無い気持ちのまま父の書斎へと走る。毎年幸せで溢れている筈の屋敷内もどこか物悲しく、すれ違う者は俺と目が合うたびに気不味そうな表情を浮かべて目を逸らす。そのひとつひとつの細やかな仕草が、ジャックの空言を裏付ける傍証となって俺の焦りを大きく煽る。 「パパっ!!」 ノックもせずに飛び込んだ父の書斎には、普段は揃いもしない幹部(カポ)が父と憔悴しきった母を取り巻くように並ぶ。振り返った1人がバツの悪そうに俺へ歩み寄ると、葉巻を灰皿に捻った父が彼を押し留めて椅子から立ち上がる。 ロマンスグレーの髪をオールバックにして整えた大柄な彼──ヘンリー・グレイは俺とアリーシャの父、そして現ファミリーを束ねる男であり、物心ついた時から俺の憧れでもあった。乱れることのないスリーピースのスーツを着こなす紳士のような見た目とは裏腹に、『冷徹の灰狼』とも謳われる父は悠然とした足取りで俺の前に佇むと、目線を合わせて微笑む。 「どうした、アラン?」 噎せ返りそうな葉巻の香りに包まれた俺は、有無を言わせない父の圧に飲まれ、蛇に睨まれた蛙のように固まると息の仕方も忘れたように目を瞬いた。 「ア、アリーシャは……」 今まで感じたこともないその貫禄に押されながら天使の名前を呼んだ時、廊下から騒がしい足音が鳴り響く。その音は次第に大きくなって扉の前で止まると、慌てた様子の男が「ボス、レオ・アルジャーノから手紙が……ッ!」と声を震わせる。 「騒乱するな!……すまないアラン、パパは少し仕事で忙しくてな。アリーシャなら具合が悪くて病院にいるんだ。ほら……もう夜も遅いから、部屋に戻りなさい」 手紙を切り裂くかと思うぐらいの鋭い眼光とは比べものにならないほど穏やかな口調に促され、俺は何も出来ない無力さに呆然と立ち尽くす。 「物分かりの悪い子供になってはいけない。お前はもう16歳なんだから、パパの言っている意味を分かってくれるだろう?」 猫撫で声の裏に隠れた父の冷淡さに言葉を失った俺は、全く納得も解決もしないまま、しょげた子犬のようにひたすら頷くことしか出来なかった。
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