マーク・オースティン

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ヤケクソのようにもう1つの封書に手を付けると、宛名には機械的な字体で『アラン・グレイ様 請求書在中』と並ぶ。身に覚えのない請求に不機嫌なまま眉の皺を刻んだ俺は、ぴったりと糊付けされた片端をビリビリと破ってゆく。 「おいおいアラン……大事な封書ぐらい、ちゃんとハサミを使ったらどうだ」 呆れ顔で促すジャックに「煩い」とだけ答えた俺は、またあの腹黒糸目が良からぬことを考えているのではと訝しみながら一枚の紙を広げた。 「これは……」 中に入っていたのは紙切れ1枚、それも奴隷市の会場があった路地裏から更に南へ進んだスラム街の地図。視察で何度か足を運んだことはあるが、生ゴミなのか生き物なのかすら危ういソレが平然と這い蹲るその街は、お世辞にも「行きたい」と思えるような場所ではない。 「アンディカ地区の地図みたいだね……おっと、ここに印が付いているよ」 俺の横から許可もなくひょっこり顔を覗かせたマークが地図の端を指し示して俺の顔を見ると、「気が立ってるアラン君へ、お散歩のお誘いかな?」と意味深な笑顔を向ける。 「そんな良いもんじゃないだろ」 呆れながらソファから腰を上げて立ち上がった俺は、まだソファで寛ぐマークを見下ろしながら「出る準備をしろ」と2通の封書を持って自室へ向かう。踏み出したリビングに響く足音は俺が子供だった頃よりも低く呻き、その小さな変化すらもう昔の無力だった自分ではないと実感が湧く。 「じゃぁ、僕もそろそろお(いとま)しようかな……ケニーさん、美味しいコーヒーをご馳走様でした」 晴れやかな顔で2人分のグラスを持ってケニーを呼び付けたジャックは、どこか楽しげにそんなことを口走る。その様子を冷たく見つめた彼女は片手に持った丸盆にグラスを受けると、「私は貴方を認めてませんよ」と言い放つ。 「うわぁ、相変わらず辛辣だなぁ……」 言葉ほど思ってもいない口調の眼鏡は困ったといった様子で「ねぇアラン、君もそう思うだろ?」と振り返ると、いつも俺をぞんざいに扱う彼に片頬を上げて応じる。 「アンタの日頃の行いだ……ケニー、俺の客人は俺の様に扱ってやって欲しい……嫌かもしれないけど」 「おいアラン?!」 「かしこまりました。アラン様のお命じなら、致し方ありませんね……」 「ケニーさんまで……!僕はなんて酷い扱いなんだ……」 普段の仕返しで清々したまま踵を返した俺は、背中から聞こえる子供じみた抗議の声に耳を貸すことなく自室へと足を踏み入れた。あの日から変わらない内装に一段と安心感を覚えつつ、10年の歳月を経た俺はレオからの封書とレースのハンカチを机の引き出しに入れる。 ──やっと……やっと辿り着いた。 例えどんな答えが待っていようとも、俺には俺にしか見えない未来がある。その未来から結末を選ぶのも、また俺しかいないのだ。 どれだけ家族の形が変わってしまったとしても、今残っている大切な人々だけは守ってみせる──俺は父ができなかった力の使い方を自身に刻む様に左手を握って笑う。大きな姿見の向こうでTシャツにジーンズを纏った俺は、右手で腰のホルダーに刺さったピストルをそっと撫でた。
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