マーク・オースティン

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──3── ケニーに戸締りを頼んで自宅を出ると、夏特有のジリジリとした暑さが俺に襲いかかる。通りすがる誰も彼もが半袖に衣替えした都会の街を潜る俺とマークは、2ヶ月前に起きた狂気的なイベントの入り口を横目に南へ進む。 「アンディカ地区に足を運ぶなんて、一体、いつ以来だろう……」 呟きにも近いマークの言葉に小さく首を傾げて「さぁ」と答えると、カラリとした熱波に当てられた俺の額はもう薄っすらと汗ばんでいた。 「アソコは凡そ人間の住む場所じゃない。上流の清水が山を下るにつれて穢れてゆくように、もうどうにもならない連中の行き着く先があの地区なんだろう」 「……アランにしては上手いことを言うね。まぁ、でも……あの地区で生まれ育った子供達には、心からお悔やみ申し上げるよ」 人間というものは平等じゃない。たとえ世法が綺麗事みたく『平等』を唱えたとしても、残念ながらこの世界は全く同じ人間なんて1人もいないのだ。光に照らされる側面があれば必ず影ができるように、富と名声を(ほしいまま)にする輩が1人でもいれば、きっと立場の弱い万人は犠牲になる──。陽光に背を向けて進む俺の影が間延びして地面に落ちるのを眺めた俺は、マークの言葉に瞼を閉じた。 「マーク、お前は性善説と性悪説、どっちが正しいと思う?」 アスファルトで整備された地面が、歩き続けた裏道のアーケードを境に途絶える。静かに息を吐いた俺はマークに向き直ると、まだアスファルトに足を置いている彼の後ろで陽炎が嘲笑うかのように揺らめいた。 「……小難しい話題を振ってくるね。うーん……どちらが正しいなんて僕には決められないけれど、強いて言うなら性悪説かな?人間は純粋を繕うことはできても、真っさらになれたりはしないと思うんだよね」 苦々しく言葉を吐いて笑う彼の金髪は、吹き抜ける風と遊ぶように光を翻してチラつく。巻き上げられた粉塵に飲まれた俺の視界は最悪だったが、その一縷の糸を遊ばせた彼はこともなさげに「アランは?」と聞き返す。 「俺もマークと同意だ。しょうもない神どもが戯れで作った人間なんて、経験則上ロクな神経をしちゃいない。──勿論、俺も含めて」 「ははっ……!確かにアランの神経はぶっ飛んでると思うよ。でも……君はたまに、苦しくなるぐらい純粋に思える。それこそ天使が道を拗らせて、堕天使にでもなってしまったように」 祈るような表情を浮かべたマークの笑顔に嘘は見当たらない。その言葉や仕草に居心地が悪くなった俺は「馬鹿にしてんのか?」と片眉を上げて聞き返すも、マークの瞳に浮かぶ新緑は真っ直ぐに俺を見つめる。 「してないよ」 止まった足をゆったりと進める彼がアスファルトを降りる頃、俺よりも僅かに身長の低いマークが並んで横切るその姿が、何故だかずっと遠くに思えた。
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