マーク・オースティン

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分岐を繰り返す小道ばかりの蜘蛛の巣にも似たアンディカ地区は、地区一帯が生ゴミと腐乱臭に包まれる掃き溜め、相変わらず凄惨な場所だった。 「……ここで何してるの?」 既に嗅覚が麻痺し、文句を言う元気すら失せた頃、無心に進める足が徐々に速度を落とす俺の耳にあどけない子供の声が響く。一言だけでは男女の分別が付かない中性的な声の先へ疲れ切ったまま意識を向けると、そこにはボロ雑巾を着たような薄汚い子供が立っていた。髪は伸ばしっぱなしで埃だらけ、顔も煤けて元の肌の色すら認識できやしない。 「なんだお前?」 「す、すみません……っ」 こんな辺鄙(へんぴ)な場所へ呼び出した糸目への苛立ちも相まってキツくなった語気に震え上がった子供は、殴られるのを防ぐように両手で頭を抱えつつ怯えた表情で俺を見つめる。 「アラン、この子は関係ないだろ……怖がらせてゴメンね。大丈夫、僕たちは君に酷いことはしないから」 「別に俺は何もやってない、勝手にそのガキが怖がったんだろ?」 「少しは口を慎みなよ。君の顔はボス……いや、ヘンリーさん似なんだから」 父の名前を口走ったマークは一瞬にしてバツの悪そうな表情を浮かべると、「ごめん、ちょっと口が過ぎた」と瞼を伏せて謝った。俺個人としてはどうとも思っていない事ではあるが、人の気持ちを推し量るのが上手い彼は地雷でも踏んだような顔で溜息を零す。 「……本当に?じゃ、じゃぁ……おじさん達、花は好き?」 上目遣いで黙って俺らを伺っていた子供は、唐突に震える唇から吐息のような言葉を添える。突然過ぎて意味を理解できない俺は、ただえさえ気分が悪く混乱する頭を掻きながらマークを見る。 「優しい達だから、酷い事なんてしないよ。花か……うーん、そうだなぁ……」 わざわざ子供相手に訂正を入れつつ顎に手を置いて考え込む様子の彼は、記憶の糸を辿るみたくゆったりと瞼を伏せた。 「花に価値なんて見出せねぇ。俺はそんなもんに金を払う気にはならんな……お前も」 「アランは黙ってて……ねぇ、君はどんな花が好きなんだい?」 曖昧に言葉を濁すマークに同意を求めようと声を上げるも、難しい顔をした彼は片手を俺に立てて次の句を遮る。そのまま微笑みを作って子供に尋ねた金髪は、静かにガキの目線に合わせてしゃがむ。 「僕は……花なんか好きじゃない。でも──マジックガーデンにはよく行くんだ」 躊躇いがちに、それでもハッキリと曰く因縁付きの花屋の名前を挙げたその声に、俺とマークはほぼ同時に顔を見合わせた。このタイミングで子供が舌に乗せたその店名は、きっとただの偶然じゃない──。 「なるほどね!実はお兄さん達もそのお店に行ったことがあるんだ……そうそう、そこで赤いアネモネの花を6本買った覚えがあるよ」 猫撫で声のマークは、より一層言葉を和らげる。その様子を一歩引いて眺める俺は、まるで猫が鼠を狙うようなもどかしい感覚に靴の先で音を鳴らす。 「そっか……じゃあ、達をイイトコロに案内してあげる」
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