マーク・オースティン

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「着いたよ」 子供に案内されたのは、乱雑な布切れで作られた粗末なテントだった。雨風を凌ぐ為に付けられた筈の布は所々に染みや破れを作り、今にも折れそうな細い骨組みがゆらゆらと物悲しそうに揺れる。 「ここは……一体?」 理解に苦しむマークが眉を顰めて尋ねるも、子供は何も言わずにニンマリと口の端を引き上げて中へ行くように手を払う。 「おい、入らないのか?」 渋るマークを残して歩く俺は布切れにそっと手を添えて持ち上げると、静まり返った中の様子を伺う。 「アラン気をつけるんだ……ほら、何かの罠かもしれない……油断して掛かると痛い目に遭うよ」 「あの糸目なら大丈夫だろ。本当に俺を叩き潰したいのなら、とっくの昔に報復に遭ってる」 「そんなことは……!」 「分かるんだよ、なんとなく。あの時のアイツの表情に、嘘らしいモノは混ざっちゃなかった」 マークの心配を他所にテントへと足を踏み入れると、中には外見に寄らず重厚な扉が姿を現わす。天を駆ける龍が刻まれた扉の前に立ちながら深く息を吸った俺は、徐にドアノブを掴んで下へと回した。 ギィ…… 開いた扉の先に続く室内は空調がよく効く快適な空間で、いかにも中華風の竹や木彫りの細工、格子状の間仕切りに豪華なテーブルセット……そのどれを取っても内装にもそれなりの金と手間を掛けた様子が伺える。 「久しいね、ご主人様(アラン君)」 テーブルを挟んで向き合うソファに悠然と構える楊は、膝の上に長毛の黒猫を乗せながらお馴染みの旗袍(チーパオ)姿で呑気な挨拶を述べた。珍しく髪を団子に結った彼にどことなく似た澄まし顔の黒猫は大きく欠伸をしてから前足で毛繕いを始めると、細めた目元から金色の瞳を薄っすらと覗かせる。 「心にもない事を言うもんだな。主人と挨拶するのなら、立ち上がるのが礼儀だろう?」 「おっと、これは失礼……ただ、うちの毛毛(マオマオ)が寛いでいるのを邪魔するのはちょっと、ね」 「つまり俺は猫以下って事か?」 薄い目元はそのままで眉尻を下げてた彼は、『毛毛』と呼ばれた猫の背を撫でて俺に向かって悪戯っぽく肩を竦めた。その様子を鼻で笑った俺は向かいのソファに腰を下ろすと、散々歩かされたお陰で体にこもった熱を逃がすようにTシャツの胸元を引っ張って扇ぐ。 「相変わらず元気そうで何より……それにしても、遠慮のない君にも、シャイなお友達がいるようだね──そこの君も中へ入るといい」 流し目で間仕切りへと視線を向けた楊が静かな口調でマークに語りかけると、分かりやすいほどの作り笑いを浮かべた金髪は「お邪魔致します」と懐疑の眼差しを浮かべたまま俺の隣に座る。 「いやはや驚いたよ……騒動で謹慎にでもなったかと思えば、ファミリーのボスに昇格していただなんて」 「余計なお世話だ。俺からすれば多忙な江華貿易商の社長様が、わざわざ請求書ひとつでこっちに来る方がビックリだ」 「ははっ……なかなか良い切り返しだ。ただ……君はまだ分かっていないんだね。心に誓った主人の為なら、海でも山でも渡るのが『楊 飛龍』という男だと」 どこまでも胡散臭い彼が本心とも取れない台詞を並べて黒猫を抱き上げると、捲れた右腕の袖口から白い包帯が顔を出す。しかし、そんな事すら気にしていない様子の糸目は、「頼まれていた宿題を届けにきたのさ」などと宣って、薄く開いたルビー色の瞳を揺らした。
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