マーク・オースティン

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「宿題、か……」 切断されたにしては上手く作動する楊の右手に視線を落としながら俺が言葉をなぞると、彼は目敏く「心配してくれているのかい?」と微笑む。 「心配というほどの事はない。ただ……小間使いが不自由だと、俺まで不便になると思っただけだ」 「本当に君は素直じゃない。君の切り方が上手かったお陰で、多少の違和感はあるもののほぼ元どおりまで回復している」 毛毛をソファの横に避けて右手を上げた糸目は、見せびらかすように掌を握ったり開いたりと数回繰り返した。楊自体が頑強過ぎるのか、人間の治癒力自体が高いのか……などと不毛な考えに思考を巡らせる俺を他所に、目の前の男は「それよりも……」と言葉を続ける。 「腕は切っても処置次第でくっ付くけれど、切った髪は一生戻らない……アラン君のお陰で久し振りに散髪する羽目になったよ」 徐に結い髪に手を伸ばした糸目は静かに髪を解くと、胸元辺りで切り揃えた黒髪が不服そうに揺れた。俺からすれば現時点でも立派な長髪ではあるが、よく言えば美意識の高い楊は納得がいかないらしい。 「細かい事で文句を垂れるな。髪なんてまたすぐ伸びるだろ」 どうやら欠伸は移るらしい。初対面で呑気に欠伸をしていた猫のソレを貰い受けた俺は、楊の茶番に呆れつつ大きく口を開けて酸素を取り込む。 「酷い言われようだ……毛毛、ああいう人間には近寄っていけないよ」 「煩い」 惚け顔で頭を撫でて笑う楊の茶番に溜息を吐きながらマークに視線を移すと、今にも飛び掛ろうとする番犬みたいな瞳の彼はじっとりと糸目の様子を伺っていた。 「御歓談中申し訳ありませんが、うちのボスも手続き等で多忙を極めていらっしゃいます。ご用件を簡潔に仰って頂けませんか?」 いつもの柔らかい印象を翻す新緑の瞳は鋭く、丁寧な言葉に込められた棘が楊へと投げられる。ヘラヘラとした優男と心の何処かで思っていた俺は、マークの豹変ぶりに少しだけ目を見張ってから、悟られないように瞼を伏せた。 「おや、これは申し訳ない。ついつい話が弾んでしまって……主人からの頼まれ事、『琳 榮榮』の素性について調べがついてね──いやはや、なかなか面白い事が浮上してきたよ」 マークの敵意など相手にもしない彼は掴み所のない語りで優雅に足を組むと、小さく咳払いをして口元を弓形に持ち上げる。 「君が探っていた『琳 榮榮』は、殺害される2年前まで江華貿易商(我が社)奴隷(商品)だった」
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