マーク・オースティン

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奴隷(商品)、だと……?」 「そうそう、私もどういう繋がりか色々と洗わせて貰ったけれど、彼は間違いなく奴隷(商品)だった」 実に楽しそうな声色で事実を並べる楊は、「だけど、それだけじゃないんだ」と秘密を打ち明けるみたいに声を潜める。 「購入先はとある製薬会社で、表向きは新薬の開発を挙げているものの、裏では合成麻薬を主流に取り扱うマフィア──そう、『スリザード』さ」 「スリ……ザード……」 肺の中にあった空気が抜けるような、酷く滑稽な感覚。言いたいことや燻っていた感情全てが抜き取られて、腹の中が大きな型抜きの穴みたいに空っぽになってゆく。喋る声のやり場を失った俺はあまりにも想像通りの証拠が現実であるかを確かめようと、固まったまま黙り込んだマークへ顔を向けた。 「……貴方の弁論以外で、明確な証拠はありますか?」 弱々しく言葉を吐いたマークが俯きながら呟くように問いかけると、「取引証明書が残ってるね……後で渡すから、そっちを見て貰えばいい」と糸目はにこやかな返事を寄越す。 「あと、これは余談なんだけど……その『スリザード』のボス、『レオ・アルジャーノ』についても少し調べてみたよ。どうやら彼は、グレイファミリーに遺恨があるようだ」 「遺恨……?父か?」 「いや、アラン君のからすれば祖父にあたるだろう……君のお爺さん、ドナルド・グレイは大昔に賭博場建設として彼の故郷であるを買い取っている。勿論その村人たちは猛反対したようだが──数ヶ月後の夏、その村は名実共に消え去った」 スラリと足を組み替えた糸目は、言葉を区切ってゆるゆると首を振る。飼い主の心情を察したのか、気持ち良さそうに寝ていた黒猫は頭を上げて楊の顔を見つめると、「にゃぁ」と糸目を窺いながら短く鳴いた。 「そんな話は初耳だ……『消えた』というのは一体……」 「グレイファミリーが運営する最古のカジノが建て替えをしない理由がある……アランはその噂を聞いたことはない?」 「マーク?」 「勿論、僕も詳しく知っている訳ではないけれど……以前父から聞いた噂があってね。──『あのカジノは血を注いで礎を作り、骨を組んで柱を建て、皮を伸ばして壁にした』。それはきっと比喩だろうけれど、彼の話で納得したよ」 項垂れたマークは肩を震わせながら鼻で自嘲すると、思い詰めた声で「アラン」と俺の名前を呼ぶ。 「これは思った以上に大きな問題かも知れない。もしも僕の推測通りなら、アリーシャの死はただの誘拐殺人じゃ済まない『何か』が根底に流れているだろう」 ──『お前は掌で踊るだけ……失いたくないのなら、もう進んではいけない』 苦虫を潰したように顔を歪ませたマークの痛々しい表情に、いつか見た夢のプラが放った言葉が重なる。俺の知らないところで張り巡らされた憎悪の意図は、想像を遥かに超えるほど醜い。 「楊、その村の生き残りはレオだけなのか?」 マークの言葉に答えないまま、俺は静かに唸る。その選択が間違いであったとしても、もうここまで踏み込んだ以上、後戻りなんて出来やしない。 「どうやら君のお爺さん達が、その村と共に村自体の情報を隠滅(大掃除)してしまったらしくてね……残念ながら私は情報屋ではないから少し時間が掛かるだろうけれど、詳細がお望みならそのように手配しよう」 「あぁ……そうしてくれ」 「いいのか、アラン?」 「良いも悪いもないだろう──腐った根は掘り出すに限る。そのままにしてしまえば、どんな大木も傾くからな」 そう答えた俺の瞳に、迷いなどはなかった。
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