マーク・オースティン

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──4── 「ボス、お迎えに上がりました」 よく言えば恭しい口調のマークは、昼食を終えたばかりの俺が寛ぐ自室へ訪れる。 「相変わらず時間に固いな」 「『時は金なり』って言うだろう?特にアランは大事なことはちゃんと締めておかないと、我々(コーザノストラ)の品位と評判にも関わるからね」 楊と話したあの日から少しく控えめな様子を見せる彼は小さく首を傾げて微笑むと、真夏には似つかわしくないスリーピーススーツの襟を正す。 宿敵とも言えるレオからの手紙を受け取ってから、1カ月弱が経った今日──8月18日は、待ちに待った全国会議(コミッション)の当日。今や父の形見となってしまったコレクションから海の底にもよく似たネイビーのセットアップを抜き出した俺は、何故父が俺に痺れ草を盛ったのかを考える。警官を事故として始末したせい、大事な取引相手に怪我を負わせたせい、勝手に奴隷(商品)を引き取ったせい、血濡れたグレイ家の過去を掘り下げたせい……。そのどれもが理由として高らかに声を上げる中、部屋着を脱いだ俺はカッターシャツのボタンを順々に締めてゆく。 「って……聞いてるのかい、アラン?」 「……あぁ聞いてる。ちょっと考え事をしてて、な」 黙り込んだ俺に眉を顰めたマークへ顔を向けることなく答えると、彼は「そう」とだけ零した。ネクタイを手順に従って締め、ベストに腕を通す。普段は整えなくてもそれなりに纏まっている髪にワックスを乗せて後ろへ流せば、姿見の中でこちらを見つめる若かりし父の幻影が立っていた。 「それにしても、やっぱりアランはヘンリーさん似だね。よく似合ってるよ」 昔話に花を咲かせるのとはまた違う、皮肉に顔を歪めた微笑みの彼が痛々しく瞳を絞る。その表情を横目で一瞥した俺は、「褒め言葉として受け取っておいてやる」と口先だけの上機嫌を繕ってジャケットを羽織った。いつもなら腰のホルダーを陣取る俺のベレッタ92FS(相棒)は、ヴァルプルギスの夜に父が仕込んでいたみたくジャケットの内側へと移動する。 「なぁマーク……俺のしている事は間違っているのか?」 堪え切れず喉の奥から滑り出た俺の呟きに「いきなりどうしたんだい?」と新緑の瞳を丸くしたマークは、2、3度瞼を瞬いて深く息を吐く。 「……それは……アランらしくない質問、だね」 「煩い。人間、そういう時だってあるだろ。ファミリーのボスが、直々に相談役(コンシリエーレ)様に尋ねてんだ……答えろよ」 ──別に弱音が吐きたい訳じゃない。俺の傾いた主観ではなく、第三者としての意見が聞きたいんだ。 縋るような感情に言い訳を重ねつつ、心の何処かで間違ってしまった場所を探す俺は、口からその言葉が出た時点できっと負けている。別に勝負事を望んでいる訳でもないのに吹き溜まる罪悪感と敗北感は、一体何処に捨てればいいのだろう。 「そうだね……人間としては間違っていると思う。例えどんな理由があっても、人の命を脅かすのは良くないからね。でも……家族としては妥当だと思う。特に大切にしていた弟の為なら、復讐を誓うのだっておかしくない。マフィアのボスとしては……どうだろう?他のファミリーの内情を知っている訳じゃないから、そこについての判断は出来かねる」 「マークとしてはどうなんだよ」 「僕?僕としては……」 立て板に水、サラサラと多角的な見解を述べたマークは、腕時計を嵌めながら尋ねる俺の問いに口籠る。その間に流れる時間は僅かなモノの筈なのに、俺には酷く長いように思えた。 「僕は、可愛いアリーシャに降りかかった悲劇の真相を知りたい……けれど、それを追うたびに身を削る可哀想なアランは見たくない。僕にとって2人の存在は、兄弟に恵まれず寂しい思いをした幼少期を救ってくれた、大切な大切な『弟分』だからね」 マークが必死で導き出そうとしている結論をひたすら待ちながら、俺はラックの上に置かれた中折れ帽を取って頭に添える。子供の頃から変わらない真っ直ぐな視線を瞼で遮った彼は、言葉を区切ってから唇を静かに湿らせた。 「アランが望むのなら、僕は持てる全てを賭す覚悟があるよ──例えそれが、僕にとって不幸しか待っていなかったとしても」
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