聖女アイリーンは、ほくそ笑む

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「ずっと近くで見張っていたのに……魔王様も腑抜けたものね?」 「なんだとっ」  彼女の手を払いのける。記憶の中の聖女は、こんなふてぶてしい女だったか? 「すっかり禍々しさを失って……ふふっ。(わたくし)が全てを捧げて封じた甲斐があったというもの」  瑞々しくも艶やかな唇が、ツイと歪む。 「……満足だろうが。俺の王国再建の夢を絶ったんだ。今はしがない小学生ときたもんだ」 「あなた、左の奥歯だけ、乳歯でしょう?」 「ああ。それがどうした」 「その1本が抜けると、私の封印は消える。魔王ジーニトラの復活よ」 「――は?」 「嬉しいでしょ? あなたはこの世界の憎悪や悪意を吸い上げて、恐怖で支配できる。再び、暗黒の政権を敷くことが出来るのよ?」  彼女の言葉に、ビリビリと身体の芯が震えるのを感じる。魔王の力が戻る、だって? 「……つまらん」  今更、魔物を生み出すのか? 配下の魔族を揃えて、この世界の日常をひっくり返していくのだろうか? 「くだらねぇよ。今の俺はな、甲子園に行くのが夢なんだよ。魔力なんて要らねぇ」  きつい練習。ヘトヘトになるまで走って、投げて、打って、汗かいて。それでも勝ちは約束されない。だから勝利の味は格別だ。誇らしくて、よっぽど面白い。 「この歯が抜けなきゃいいんだろ? お前の力で、なんとか出来ねぇのか」 「……いいの?」 「方法があるなら、封じてくれ。俺は斉藤虎慈だ。ジーニトラじゃねぇ」  西園寺は頷いた。そして、両手で俺の顔を抱えると、柔らかい唇を押しつけてきた。パンッ、と乳歯が痛んで――一瞬目の前が新緑の光に包まれた。 「この封印は完璧じゃないの。だから、これからも封印が弱まってきたら、私がかけ直すわ――何度でも」 「はぁっ? お前、それじゃあ」 「ふふふ。とりあえず、私たち付き合っているってことにしましょうか。よろしくね、虎慈くん」  転生して11年。俺は新たな真実を発見した。コイツが聖女なんかであるものか。俺は、とんでもない悪女に取っ捕まったのだ――。 【了】
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