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始まりの日
「……くん! 虎慈くん、大丈夫?」
若い女が覗き込んでいる。ギュッと眉を寄せ、泣きそうに顔を歪ませて。
「……ここは」
「病院よ! 今、看護師さんを呼んでくるわね!」
ピンクのカーディガンを着た女は、潤んだ瞳を細めて、バタバタ慌ただしく視界から消えた。
「病院? あだだ……」
身を起こしかけて、後頭部にズキンと鈍い痛みを感じた。
視界に映るのは、紫の炎ではない。水色のパーティションにぐるりと囲まれて、真白なシーツに包まれている。
「“さいとうとらじ”様。6歳4ヶ月。男児」
背後の壁に貼られた「患者様情報」が目に留まる。6歳? 男児? 誰のことだ――?
「ああ、ダメよ、虎慈くん。まだ横になっていましょうね」
パーティションの中に入ってきた白衣の女が、俺の身体を確り捕らえると、手早くシーツの中に横たえた。
「頭は痛むかい? 気分は? 気持ち悪くなってない?」
いつの間にか白衣の男も現れて、女と立ち位置を交替すると、俺の顔を覗き込んできた。
「頭は、痛い。気持ちは、悪くない」
返事を促す圧が強い。仕方なく、質問に答えてやる。
「そうか。頭は少しコブが出来ちゃったから、しばらく痛むけど、あとは大丈夫だ」
痛むのに大丈夫って、なんだよ。
「良かった! 先生、ありがとうございます!」
足元の方から、またもや別の女の声がした。最初のピンクのカーディガンほど取り乱してはいないが、あからさまな安堵が滲む声。
「退院しても構いませんが、ご心配でしたら1泊することも出来ますよ?」
「いえ、退院でお願いします」
「分かりました。それじゃ、あとは事務の方で手続きを……」
女たちの会話が遠ざかっていく。俺は再び身を起こす。今度は、ゆっくりと。後頭部は重いが、痛みはほとんどない。
「虎慈くん。お家に帰っても、2、3日は走り回っちゃダメだぞ」
大きな掌が軽く前髪を撫でる。見上げると、白衣の男は眼鏡の奥の瞳を細めて、パーティションの向こうに消えた。
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