ジーニトラの覚醒

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ジーニトラの覚醒

 退院した日の夕飯は、僕の好きなハンバーグだった。ご飯の後にはケーキも食べた。明日、翔太くんに「ごめんなさい」を言うって約束をしたら、ママは笑顔になって、イチゴショートケーキを買ってくれたんだ。  仕事から帰ってきたパパとお風呂に入って、ベッドに潜り込んだ。今頃になって、背中が少し痛くなったけど、とっても眠くて、すぐに僕は――。 「偉大なる魔王ジーニトラ様ともあろうものが……まさか、こんな子どもになってしまうとはな」  目が覚めて、ベッドの上に起き上がる。子ども部屋の中は、まだ暗い。後頭部に微かな違和感が残るが、朝には消えてなくなるだろう。むしろ、頭はすっきりしているくらいだ。ようやくを取り戻したようだ。 「フム」  パチンと右手の指を鳴らして、掌を上に向けて開く。小気味よい音がしたものの、なにも起こらない。下っ端でも使える、極々初級の炎生成魔法なのに。 「ダメか」  なんてことだ。新たな世界で再び我が暗黒の王国を築かんがため、持てる魔力の全てを注いで転生術に踏み切ったのだ。なのに……この世界では魔法が使えないとは。 「待てよ、あのとき……」  右目の奥に残影が浮かぶ。転生術の最中、確かに邪魔が入った。そうだ、あの光。忌々しいエメラルドの輝きは、間違いない。 「聖女アイリーン=ルバティーめ」  紫炎に割り込んだ新緑色の光――あれは自らの生命と引き換えに、俺の術に干渉した証だ。恐らく聖女は、転生後の世界で魔力を使えないよう、この俺に封印を施したのだ。 「クソ、仕方ない。しばらく様子を見るか……」  諦めて、ベッドにポスンと倒れる。  魔王としての記憶だけが蘇ったところで、魔力が使えなければ、どうすることも出来ない。今回、偶然にも頭を打ったお蔭で記憶を取り戻したが、完璧な転生術ならば、この世界に生まれ落ちてすぐに覚醒したはずだ。そのことを考えても、聖女の封印は、予想の遥か上をいく強力なものだったのだろう。 「……舐めていたな」  最終戦争で勇者の一行(パーティー)魔王の居城(俺の棲み家)の深部まで攻め込んできたとき、警戒すべきは勇者と腹心の竜騎士の2人だった。“白百合の聖女”は、回復系魔道士(ヒーラー)のローブの陰で小さくなって震えていたのに。  一進一退、拮抗する戦いの中、俺の軍勢は決して優勢ではなかった。臣下の魔将軍たちは、個々の魔力こそ秀でていたが、忠誠心なぞ微塵もなかった。魔族の性質といえばそれまでだが、いつでも俺の寝首をかこうという輩ばかりだった。だから、戦況が不利に傾いたとみると、俺はあの世界を見捨てようと決めたのだ。なに、王国なんて何度でも造り直せる。従う魔物たちとて、俺の強力な魔力に惹きつけられて、放っておいても自然と集まってくるのだ。あの世界にも臣下にも、これといって特別な愛着などなかった。そして、この先造り出す新たな王国にも、きっと特別な価値など持たないだろう。
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