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翔太の本音
翌日、母親と一緒に登園すると、昨日ピンクのカーディガンを着ていた女――担任の小坂先生が玄関で待っていて、教室ではなく応接室に案内された。部屋の中には、園長先生と、翔太と彼の母親がソファに座っていて、俺たちを待ち構えていた。
「斉藤さん、うちの翔太が、すみませんでした!」
セミロングの茶髪を後ろでまとめた翔太ママは、俺たちを見ると立ち上がり、いきなり頭を下げた。
「ホラ、あんたも!」
「イテッ」
翔太ママは、グイと腕を掴んで隣の息子を立ち上がらせると、そのまま頭を抑えて謝罪させた。
「あ、あの、うちの虎慈も悪いんですから、顔を上げてください」
「でも、先に手を出したのは翔太ですし、虎慈くんは頭を怪我したって……」
「いえ、怪我といってもタンコブで、もう大丈夫なんです。ね、虎慈」
相手を気遣っていた母が、振り返って俺に頷く。フン、仕方ない。昨夜、虎慈が約束したからな。
「翔太くん、俺も悪かった。ごめんなさい」
涙ぐんでいる母親の隣で、翔太は真っ赤な顔をして、もう一度ペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい、虎慈くん」
「良かった……2人とも偉いわ。じゃあ、これからも仲良しね」
小坂先生は俺たちそれぞれの肩に手を置くと、ニッコリ笑う。とんだ茶番劇に付き合わされたが、これもこの世界で円滑に生きていくためには必要な儀式なのだろう。
俺と翔太は、母親たちと別れ、小坂先生に連れられて教室に向かった。
お昼ごはんを食べて、お昼寝の時間になった。いつもは決して近づいて来なかった翔太が、水色のタオルケットを手に俺の隣に来た。室内の照明が落とされ、周りの子どもたちに倣って横になる。翔太は少しだけ頭を寄せてきて声を潜めた。
「あのさ……虎慈。お前、愛麗ちゃんのこと、どう思ってる?」
「は? 誰だって?」
「西園寺愛麗ちゃんだよ……」
隣の翔太を見ると、照れ臭そうに枕に半分顔を埋めている。
「ああ……別に。翔太、アイツのこと好きなのか」
「えっ、やっ、ち、違っ……!」
「別にいいじゃん。俺は、なんとも思っていないし、アイツのことあまり知らないし」
虎慈の記憶をさらっても、西園寺と仲良くしていたエピソードは見つからない。
「ホントに? お前ら、友だちじゃないのか?」
「なんで」
「だって、愛麗ちゃん、時々お前のことを見ているから」
「え、知らないよ」
「じゃあ……!」
翔太はガバッと頭を上げた。
「翔太くーん、お昼寝しましょうねー」
すかさず、小坂先生の注意が飛んできた。一旦タオルケットに潜り込んでから、翔太は鼻から上だけ出して俺を見る。
「今度、大きな泥だんごを作ったら、愛麗ちゃんにあげていいだろ?」
幼稚園児たちの間では、大きくピカピカの泥だんごを作ることがステイタスになっている。みんなの称賛を浴びるような泥だんごを作る子は、例外なくモテるのだ。
「おー、頑張れよ」
「よしゃっ! 昨日のこと、本当にごめんな。俺、焦っちゃって」
「もういいって」
「ありがと。お前、いいヤツだなっ」
その日を境に、俺たちの関係は変わった。一緒に遊んで大笑いしたり、時に正々堂々と競い合ったりした。そうそう。俺の覚醒からひと月後、翔太は愛麗ちゃんに特大サイズの泥だんごをあげたけれど、彼女の反応はイマイチだったらしい。
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