聖女アイリーンは、ほくそ笑む

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聖女アイリーンは、ほくそ笑む

 小1の春にリトルリーグに入団して、小3から野球クラブにも入った。翔太と2人、野球漬けの日々を過ごしてきた。野球で頂点を極めたいという想いは年毎に強くなり、俺を動かすエネルギーそのものになっていた。  生まれながらに恵まれた体格と強健な身体のお蔭で、俺はメキメキと力を付け、小4からレギュラーに定着し、5年生になった現在は県内外で注目されるエースピッチャー兼ストライカーに成長していた。 「斉藤くん、話があるんだけど」  リトルリーグの試合を2日後に控えた木曜日の昼休み、顔も名前も知らない女子が俺に会いに教室を訪れた。ショートカットで背の高いボーイッシュな子だ。 「あ? なに、っていうか、あんた誰?」 「私は、3組の五十嵐(いがらし)って言います。放課後、部活の前に図書館に来て。来ないと、後悔するって」 「は? 後悔って……おい、五十嵐?」  俺にだけ聞こえるように早口で言うと、サッと踵を返して廊下を駆けていった。なんだ、今のは。『後悔するって』なんて、意味深な伝言を残しやがって。  しばらく冷やかすような視線が教室中で燻っていたが、午後のチャイムと共に立ち消えた。  不本意だ。練習に遅れてまで足を運ばなければならない義理なんてないのに、放課後、仕方なく図書館に向かった。自然科学の書架の陰で、手を振る五十嵐の姿がある。不機嫌なまま、俺は大股で彼女の元へ行く。 「で? 来てやったけど?」 「この奥で待っているから……それじゃ」  通路の先を指差すと、五十嵐はサッと身を躱して逃げた。人を使って呼び出すなんて、上等じゃねぇか。俺は、ズカズカと書架の奥へ進んだ。 「虎慈くん」 「誰だよ――西園寺?」  通路の突き当たり、少し灯りの翳る場所に、それでも眩い美少女が佇んでいる。  この学校で1番の有名人と言えば、男子ではこの俺を置いて他にいないが、女子でと言えば、この女――西園寺愛麗(さいおんじあいり)だろう。日本人離れした掘りの深い顔立ちと、小学生とは思えない大人びた雰囲気は、同性のつまらない嫉妬なんか足元にも及ばない圧倒的な格の違いを醸し出している。芸能界からのスカウトを断ったなんて噂もあとを絶たない。 「ああ、やっぱり……」 「なっ、なに」  西園寺は、白百合のような細い手をスッと伸ばすと、俺の左頰に触れた。その瞬間、ピリッと奥歯が……唯一残っている乳歯が痛んだ。 「魔王アジュール=ジーニトラ」 「――は?」 「(わたくし)が、分からない?」  正確に俺の名前を呟いて、少し垂れ目のアーモンドアイを細める。この、面影は……まさか。 「お前……アイツなのか? 聖女、アイリーン……」  そこで気が付いた。西園寺。この女は、転生前の敵、憎きアイリーン=ルバティーだ。
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