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後編
「何もわからなかったな」
研究所からの帰り道、新は瑞樹に話し掛ける。
隣を歩く瑞樹は、研究所を出てからもずっと難しい顔をしていた。
新しい手掛かりを何一つ見つけられなかったことを気にしているのかもしれない。
「でも、あの数値が出ただけでも前進だよな。それも、大きな一歩だ」
無言を続ける瑞樹に、新は言葉を重ねた。
すると瑞樹は小さく数回首を縦に振りると、「それもそうだな」と身体を大きく上へ伸ばした。
「普通に考えれば、あれだけでも宇宙のどこかに生命体がいる可能性は高いってことだもんな。まぁそれが、知的生命体かどうかは別の話になるわけだけど」
「それは別に構わないだろ。もしかしたらあの惑星も地球と似た歴史を辿ってて、今はまだ生命の連鎖が始まったばかりなのかもしれない。そう考えれば、これから先、知的生命体が生まれる可能性は充分にあるだろ?」
「これから先って、一体どれだけ先のことを言ってんだよ。地球と同じだとしたら、あと数百万年は先だぜ? 人類が生きてるか云々の話じゃなくて、あっちに知的生命体が生まれる前に、地球自体が無くなってるかもしれねーぞ」
瑞樹は「そんなに待てるか」と寂し気に言った。
「ま、急に何かが動き出すことだってあるさ。焦らず続けていこう」
新は瑞樹を励ますように言葉を掛けたのだった。
――データ分析から一週間。
未だに大きな発見はないままだった。
「今日もあのデータと睨めっこか……。今日こそ何か見つかると良いんだが」
そう言う瑞樹の表情にも、諦めの色が滲んでいる。
「そうだな。今日も気合いを入れて、目を見開こう」
小さなため息をつく瑞樹を横目に、新は次の言葉を飲み込む。
そのタイミングで瑞樹が突然振り返ると、後ろから声が聞こえた。
「おい、新……と仲。ちょっと良いか?」
新も声がした方へと身体を向けると、多田が何かを持って立っていた。
多田は「俺はついでかよ」と言う瑞樹に反応することなく、歩みを進めた。
そして二人の前に立つと、再び口を開く。
「お前たち、氷室室長がアメリカの研究所から依頼されたデータを見ているんだったな?」
淡々と話す多田の言葉はどこか冷たく、新の緊張を促した。
「はい……、といっても、ここ一週間は何も見つかっていないですけど」
新は平常心を心掛けながら、多田の目を見て答えた。
「そのデータ分析は、もうやめろ」
「は? あんた、何言ってんだ?」
瑞樹はいち早く、多田の言葉に反応した。
「やめられるわけないだろ。ようやく『地球外生命体』が見つかろうとしてるっていうのに。それは何か? あんたたちが中々新惑星を見つけられずくすぶってる間に、俺らが大発見しちまうのが気に喰わねーってのか?」
「瑞樹、よせ!」
新の制止も利かず、瑞樹は言葉を重ねていく。
「そんなのただの妬みじゃねーか。俺らの足引っ張ること考えてないで、あんたらはあんたらの研究を黙って続けてれば良いだろ」
「おい!」
「新、良いんだ」
いつもなら文句の一つ返してきそうな多田が、顔色一つ変えずにいる。
新の第六感が、良からぬことが起こることを予感した。
「仲、確かにお前らに先を越されることは正直悔しい……。だかな、今回はそんな話じゃないんだ」
多田が纏った異様な空気を感じたのか、瑞樹は人の話を聞ける程の落ち着きを取り戻す。
「……どういうことだ? その手に持ってるモノと関係があるのか?」
瑞樹は多田の持つモノを顎で指しながら言った。
「あぁ、その通りだ。だがこれについて説明をする前に、まずはあの依頼されたデータについてだ。新。お前、そのデータを見ていてどう思った?」
「どうもこうも、何もわかっちゃいないよな、新?」
瑞樹から向けられる視線には、「そうだよな?」という強い意思が籠っていた。
視線を多田に向けると、多田は小さく頷いた。
新は少し考えた後、長い息を床に向かって吐き出してから言った。
「あのデータは……、少し不自然だと感じています」
「不自然? おい新、どういうことだよ」
感情を乗せた瑞樹の言葉に熱が帯びていく。
新は瑞樹と視線を合わせることが出来ず、多田を見たまま答えた。
「あるデータが地球と似ているんですが……」
「それは地球外生命体がいるかもしれないってことを示す――」
「似すぎてるんだよ。あまりにも」
新の言葉を遮った瑞樹の話を聞かず、新は強い言葉を重ね返した。
「あんな数値、分子レベルから似た者同士じゃないと出るはずがない。しかもその数値は俺らが正式にあのデータ分析に携わった時から……、どんどん地球に近づいてる」
「はっきり言ってくれ、何が言いたいんだ?」
瑞樹はどこか焦るように、言葉を被せ気味に返してくる。
「すまん。これもまだ『仮説』の域を出ないんだが、おそらくこの惑星は――物凄い速さで地球に近づいてる」
「近づく? 惑星がか?」
「正確には、近づいては離れてを繰り返してる。地球の何かを探ろうとでもするように」
「やっぱりそうか……」
多田は小さく呟いた。
「やっぱりってなんだよ」と瑞樹は乱暴な視線を多田に向ける。
しかし、視線を逸らすだけの多田を見て、瑞樹は頭の中を整理するように目を細め、顎に生えた無精ひげを掻いた。
「多田さんが持っているそれは……、この事と何か関係があるんですね?」
「そうだ。今分析を進めてる惑星のモノだと、氷室室長は言ってたよ」
「それも室長から……、どうして室長が――」
多田は辺りを見回すと、少し声を抑えて言った。
「場所を移そう。一旦、俺らの研究室に来てくれ」
瑞樹は納得のいかない表情だったが、言われるがまま、三人は多田のいる研究室へと向かった。
「入れ」
朝一番の時間ということもあり、多田の研究室には誰もいない。
最先端で大掛かりな観測装置や器具だけが、息を潜めるように静かに置かれていた。
新と瑞樹は近くの席に、多田は二人とは少し離れた自席に腰を下ろすと、新は早々に本題へと話を進めた。
「それでその……石ですか。それを分析して、何がわかったんです?」
多田は一瞬顔を引きつらせたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「結論から話すとな、この石は――研究所の何かに共鳴してる」
「共鳴……」
多田は暫くその場で呼吸を繰り返した後、持っていた石を机の上に置いた。
新はすぐに席を立ち、石の詳細を確認する。
少し白みがかった透明な石の下には、薄っすらと影が出来ていた。
新が石に顔を近づけると、多田が口を開く。
「不思議な石だろ? 成分は違えど、最初は本当に地球の石に近い物質だった。でもな、あの日を境に変わったんだ、この石は」
目の前にある石は、僅かながら宙に浮いている。
地球のモノではない――そんな当たり前の事実しか、新にわかることはなかった。
「多田さん。そのあの日っていうのは?」
「一週間前の早朝、お前たち二人と話した日だ。俺はあの時、この石を持って氷室室長の元を訪ねようとしていた。その時にこの石は突然、反応を示したんだ。だから咄嗟に『地球外生命体に操られているんじゃないか』と、お前らを試すようなことを言った」
「じゃあ、研究所の何かっていうのは――」
「まさに灯台下暗しか。確かに、調べてるのはこっち側だけじゃないよな」
多田はそう言って視線を新の元へと運ぶ。
その視線はすぐに新を通り越し、研究室の入り口付近へと向けられる。
視線を追うように新が振り向くと、瑞樹が目を見開いた状態で立っていた。
「まさか、瑞樹に反応を――?」
「仲。お前は直近で俺と話した二回とも、俺が話し掛ける前に俺の存在に気付いていた。それは、お前が俺ではなく、俺の持ったこの石に反応していた……違うか?」
瑞樹は真っすぐ多田を見つめたまま、何も答えずなかった。
「目的は――地球の調査、あるいは侵略か?」
多田が問い詰めたその時、研究室の扉が開く。
「まさか、その石が通信媒体になるとはねぇ」
そこには笑みを浮かべた氷室の姿があった。
「もしやとは思っていたが……、ここまで上手く化けれるとは。我々が調べていたあの惑星が地球に近づいたのは、君が石に近づいた時だ。その時、仲間が近くにいることを察知し、座標を検知したんだろう――……仲くん。君はこの星の生命体じゃないね?」
動けない程の衝撃を受けた新を前に、氷室は淡々と続けた。
「聞かせてくれるかい? あんなにも『地球外生命体』に固執していた君の、本当の目的を」
氷室が全てを言い終える前から、瑞樹は諦めたように笑っている。
そして、「俺が知りたいよ」と瑞樹は話し出した。
「教えてくれよ……、どんな理由が、経緯があって俺はここにいるんだ? 何で俺が選ばれて、どうして俺だけ、いつもひとりぼっちなんだ?」
瑞樹は涙を堪えて答えた。
「ここの会話はその石を通して向こうにも伝わってる。俺にはわかる。あいつら頭はずば抜けて良いが、それ以上に臆病だからな。今頃、もう地球からは観測もできないところまで、惑星を飛ばしてるだろうよ。俺もあと少しで、やっと仲間に会えたのになぁ」
「瑞樹、お前……」
「仲間に会いたい気持ちなんて、お前らにはわからないよ。産まれてからずっと、自分と同じ知的生命体を知り、愛せるお前たちには。俺はな、ずっと孤独だった。産まれてからずっとだ」
行き場のない感情を、瑞樹は最後の言葉に乗せた。
「なぁ――……」
「何で俺なんだ?」
その涙が零れ落ちると、瑞樹は静かに姿を消した――。
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