月の欠片(つきのかけら)

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 幼い頃、私はイヤなことがあると、よく近所の廃屋(はいおく)に向かって石を投げていた。  だれかに見つかって注意されてもよかった。  いや、むしろ、見つかりたかったのかもしれない。  母が死んでから家は荒れ、幼い私に居場所なんてなかった。  あの日、癇癪(かんしゃく)を起した父によって、私は家を追い出された。  満月の夜だった。  私はいつものように、柵の隙間をすり抜けて廃屋の敷地に入り、そのへんにあった石を次々に投げつけていった。 ――ガシャン! ――ガシャン! ――ガシャン!  あの日はダメだった。いつものようにスッキリしなかった。  イライラした私は、窓に映る月を見て思った。 ――そうだ、この月を破壊しよう。と。  私が石を投げつけると、月に亀裂が入って、金色の欠片(かけら)をまき散らしながら砕けて散った。  私は月を破壊した。  正確には窓に映った月を破壊したのだが、幼い心を慰めるには十分だ。  月を壊した日を(さかい)に、私は廃屋へ石を投げる行為をやめた。  同時に、怒りも悲しみも喜びも感じることができなくなった。  不便も不自由も感じなかった。むしろ楽になった。周囲を観察して行動を合わせることで、はるかにスムーズに生きていけたと思う。  だけど。 「仕送りの額を倍にしてくれよ。あと5万! あと5万円、増やしてくれよ!」  老いた父が仕事帰りの私に追いすがり「金をくれ」と泣きわめく。  どうしようと、一瞬頭を悩ませたとき、父の目には、私ではなく満月が映っているのが見えた。 ――私は再び、月を破壊した。  飛び散った月の欠片(かけら)は赤かった。 【了】fae29838-152b-4386-8746-41a97bd58ca4        
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!