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幼い頃、私はイヤなことがあると、よく近所の廃屋に向かって石を投げていた。
だれかに見つかって注意されてもよかった。
いや、むしろ、見つかりたかったのかもしれない。
母が死んでから家は荒れ、幼い私に居場所なんてなかった。
あの日、癇癪を起した父によって、私は家を追い出された。
満月の夜だった。
私はいつものように、柵の隙間をすり抜けて廃屋の敷地に入り、そのへんにあった石を次々に投げつけていった。
――ガシャン!
――ガシャン!
――ガシャン!
あの日はダメだった。いつものようにスッキリしなかった。
イライラした私は、窓に映る月を見て思った。
――そうだ、この月を破壊しよう。と。
私が石を投げつけると、月に亀裂が入って、金色の欠片をまき散らしながら砕けて散った。
私は月を破壊した。
正確には窓に映った月を破壊したのだが、幼い心を慰めるには十分だ。
月を壊した日を境に、私は廃屋へ石を投げる行為をやめた。
同時に、怒りも悲しみも喜びも感じることができなくなった。
不便も不自由も感じなかった。むしろ楽になった。周囲を観察して行動を合わせることで、はるかにスムーズに生きていけたと思う。
だけど。
「仕送りの額を倍にしてくれよ。あと5万! あと5万円、増やしてくれよ!」
老いた父が仕事帰りの私に追いすがり「金をくれ」と泣きわめく。
どうしようと、一瞬頭を悩ませたとき、父の目には、私ではなく満月が映っているのが見えた。
――私は再び、月を破壊した。
飛び散った月の欠片は赤かった。
【了】
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