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誰が行く?
「トイレの花子さん」の怪談がこの学校のものだけではないことを拓実達は知っていた。習い事で一緒になる別の学校の子との会話にも、図書室で借りられる本にもその話は出てきた。
「本当にいたらさ…私達殺されちゃったりしないよね?」
陽菜(はるな)は震え声だ。
「怖いこと言うなよ!俺今がんばって考えないようにしてたのに…。」
拓実は恐怖で余裕がなく、つい強く言い返してしまった。「トイレの花子さん」の話には「首を絞められて死んでしまった」や「背中を真っ赤に血に染めて倒れていた」などの結末になるものがあった。そんな猟奇的なタイプの花子さんではないと良いと、拓実は切に願った。
「さっきの大山先生の話だと、そんなことする感じはしなかったけどね。」
「『この学校の在校生や卒業生といった関係者の思いの形』って言ってたっけ。」
クラス委員の藍紀(あいき)といつもポジティブな華恋(かれん)は拓実より落ち着いている。
「着いたけど…どうする?」
凛奈(りんな)が恐る恐るといった感じで言う。拓実たちのクラスから南校舎3階の女子トイレはすぐだった。心の準備ができていない、と拓実は思った。目の前にある赤いワンピースを着たような人の形のピクトグラムをこんなに不気味に思ったのは、初めてだった。
明かりのついていない薄暗い校舎の中のトイレは何かが潜んでいそうだった。ひたすら怖い。先ほどまで平気そうなにしていた藍紀と華恋も、顔が強張っている。
固まってしまった5人の沈黙を破ったのは藍紀だった。
「俺中覗いてみるよ。後で『女子トイレに入ってた~!』なんてからかうなよ。」
半分冗談めかして女子トイレに入っていく藍紀。こういうところだよな、と拓実は思った。藍紀は人のやりたがらないことでも、自ら買って出てやる。だからクラス委員に選出されたのだ。自分はまだまだだと落ち込む。せめて何かサポートができないかと、勇気を奮い起こし拓実は藍紀のあとに続いてトイレに一歩入った。その途端、
「うわっ!」
「いてっ!」
慌てて引き返してきた藍紀と正面衝突してしまった。二人はお互いにぶつけたおでこを手でおさえながらうずくまった。
「大丈夫?」
華恋が心配そうにしゃがんで二人の顔を覗き込む。額を擦りながら「いた…。」と藍紀が立ち上がる。
「そりゃ痛いよね。こぶになってない?」
凛奈の言葉に首をふる藍紀。
「そうじゃなくて…誰かいたんだ、トイレの一番奥の個室。ドアが閉まってて、人の気配があった。」
拓実は腕にぞわっと鳥肌が立つのを感じた。誰か居るとはわかっていたはずなのに、いざ実感すると恐ろしい。先程の自分も何かしなくてはという気持ちは、拓実の心から綺麗サッパリなくなってしまった。もう、帰りたい。
「失礼しまーす!誰か入ってますかー!?」
「うぇぇ!?華恋??」
華恋はすっとトイレに入り、躊躇なく扉をノックした。拓実だけではなく、藍紀も陽菜も凛奈も仰天している。
「だ、大丈夫なの?」
「え、藍紀が『人』の気配って言ったから、安全かなって。」
心配する陽菜に、入口周辺にいるみんなの方に顔を向けてあっけらかんと華恋は言い放つ。
「そこ、大丈夫って意味で普通捉えねぇよ!」
拓実は思わず突っ込んだ。隣で藍紀と凛奈もうんうんと頷いている。華恋の行動で先ほどまでの身の凍るような恐怖は大分薄れた。華恋もすごい奴だと拓実は関心してしまった。
「あ…。」
トイレの奥を見つめた凛奈の目が丸くなる。華恋がノックした扉がすっと音を立てず開いた。
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