どっち?

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どっち?

 入り口にあるスイッチをオンにしてみたが、体育館の電気はつかなった。この仄暗い体育館の中で壁に設置されている薄汚れた姿見を確認するのは、なかなか勇気がいると優太(ゆうた)は足が震えた。しかし担当の七不思議は「体育館の姿見に一人で5秒以上映ると魂を吸い取られてしまう」だ。見に行かないわけにはいかない。 「みんなで行ってみよう。」 千夏(ちなつ)が4人を促し自身も歩みを進める。誰が先頭というわけでもなくほとんど横並びで、優太、千夏、仁(じん)、泰雅(たいが)、理子(りこ)は薄暗い体育館の中を進み例の姿見の近くまで来た。かなり年季の入った鏡で、縁はところどころ茶色く錆のように汚れている。一人が姿を映すのにちょうどよい大きさだ。多くても二人が限界。 「これ、やっぱり映ってみないとだめかな…。」 理子が嫌そうにつぶやいた。普段体育の授業で自分の姿が映っても何も思わないが、この状況では本当に魂を吸い取られてしまいそうだと優太は思った。恐らく他のメンバーも同じ気持ちだ。誰も鏡の前に立とうとしない。 「自分の姿を見たくないときってあるよね。」 急に後ろから話しかけられて5人は文字通り飛び上がった。 「誰!?」 優太は思わず叫んだ。小柄な男の子だ。整列したときの前ならえで必ず腰に手を当てることになる優太と同じくらいの身長だ。 「僕、翔太っていうんだ。」 遠慮がちに名乗る翔太に、少し警戒心が緩んだのは優太だけではないようで、千夏が次に口を開いた。 「『姿を見たくないとき』って…?」 翔太は俯いてしまった。きっとこの翔太と名乗る男の子が先程大山先生が話していた「淀んだ思い」に関係しているのだ。ここで情報を得なければ、何も進みそうにない。どうにか話を聞き出さなくてはと優太は思ったが、日頃考えるより体を動かすタイプなので良い案が浮かばない。 「自分の格好悪い姿は、見たくないとは思うな…。」 仁がポツリと呟いた。他の4人が仁へ顔を向ける。普段積極的に話すタイプではないので、驚いたのだ。翔太も仁を見ていた。 「あ…いや…鏡じゃないんだけど…体育で跳び箱やった時動画撮ったでしょ?」 「自分のフォームの確認したやつ?」 仁は泰雅に頷いて見せ、続けた。 「勉強になったけど、できてない姿を突きつけられるのも嫌だったなぁって…。」 なんてネガティブなんだ、と優太は思った。運動が好きで跳び箱8段を軽々跳ぶことができる優太には理解できない感覚だった。 「僕も、そうなんだ。」 仁の言葉に勇気づけられたかのように、翔太が話し出した。「おお、仁グッジョブ!」と優太は囁いた。 「僕のクラス、今年の長縄大会で優勝を狙ってて猛練習してたんだ。でも、僕はうまく跳べなくて…。それで鏡を見てフォームとか跳ぶ位置を確認してみようって話になったんだ。」 翔太の時代にはタブレット端末の配布はなかったようだ。翔太によるとクラスの友達は応援してくれたが、どうしてもうまくいかなかったのだそうだ。それで、迷惑をかけたくないわ、無様な姿は見せたくないわ、みんなの応援が心苦しいわで、結局当日休んだのだそうだ。 「休んじゃったのかぁ。」 「そう、休んじゃったんだ…。」 泰雅のこぼした言葉に翔太はしょんぼりと頷く。 「結果はどうだったんだよ?長縄大会で優勝できたの?」 優太としてはそこがとても気になった。習い事のサッカーの試合では、上手いやつが出場する。それで勝てればチームの勝利として出場していない選手も優勝者だ。長縄大会でうまくいったのならそれはそれで良いのではないかと思ったのだ。 「4位だったみたい。」 ぱっとしない結果に優太は尋ねたくせに、ふうん、と曖昧な返事しかできなかった。去年校長先生が変わってから、この学校に長縄大会はない。6年生の4位がすごいのかどうか、優太にはピンとこなかった。 「きっと僕がいたらもっと下の順位だったと思う。だから4位だったのは聞いて安心したんだけど…。」 「でも、誰か欠けた4位より全員で頑張った6位とか10位の方が良いって思うかもね。それだけ練習したなら。」 千夏の言葉は図星だったようで、翔太はこれ以上ないくらい肩を落とした。 「なるほど。熱とか家の事情とかで休んじゃったならまだしも、自分で休んじゃったからそれがモヤモヤしてるんだ?」 理子が翔太の思いを簡潔にまとめた。こいつ、いつもわかりやすく説明するよな、と優太は感心してしまった。 「卒業までにやりたい10のことっていうのを、4月にクラスで決めたんだ。その中の一つに『全員で協力して長縄大会優勝』っていうのがあって…。」 「そうなってんなら、休んだら余計心残りになりそうだな。」 翔太は泰雅の言葉にコクンと頷く。出たいって言ったり嫌になったって言ったり、はっきりしないな、と翔太の話を聞いていて優太はだんだんイライラしてきた。
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