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第1話
僕は、自分がいかに恵まれているかを一応は自覚しているつもりだ。オメガ、という第二性。忌み嫌われる性である。しかし、この性がわかっても、ベータである両親は僕を、今までと何も変わりなく育ててくれた。厳しくもあるが、めいっぱいの愛情をかけて育ててくれた。そうして、高校には私立の全寮制の男子高校への入学も渋い顔をしながらも、最後は笑顔で見送ってくれた。全寮制ではあるが、第二性によって寮は完全に分かれており、それぞれの寮は数キロ離れた地点にある。また、オメガの寮には別棟がある。それは、発情期の際に利用が可能となるシェルターだ。そうした面が、渋い顔をした両親をなんとか了承してもらえた安全点だろう。それだけの施設が充実しているおかげで、学費は相当なものだ。だが、両親はその点においては全く気にしていなかった。今時、これほどオメガに対して設備を整えてくれている学校は全国見ても少ない。一年過ごしてみて、驚くほどこの学校での生活は快適だった。何よりも恵まれたのは、友人二人であった。
「なな、帰ろっ」
「わっ!」
スクールバックをもって廊下を歩いていると後ろから、勢いよく抱きつかれた。よろつく僕にお構いなしに、体重をかけてくるのは、その友人の一人、陽介だ。
「今日、部活はないの?」
「連休、試合漬けだったからさすがにオフ!久々にゲーセンで暴れようぜ」
白い歯を出して笑う陽介に、周りにいた男子が息を飲むのがなんとなく伝わってきた。肩に腕を回され、体が密着されると、引き締まった彼の体躯がよくわかる。陽介は二年生ながらに、サッカー部のエースだ。各学年十クラス以上あるマンモス校である桐峰学園は、学業、スポーツ、芸術分野、なんでも有名な学校だ。その中でもサッカーは全国優勝を何度も決めている強豪校と名をはせるほど有名だ。部員も確か、百人を超す。その中のエースなんだから、きっとすごい。いつも気さくで、僕を笑わせてくれる。とてもやさしくて、大切で大好きな友人だ。
「おい、陽介、抜け駆けは許さねえぞ」
後ろから声がして、振り返るともう一人の友人がいた。
「え~、バスケもオフなの~?もっと練習した方が良いと思うよ~」
唇を突き出してすねる陽介に、つい笑っていると、長い脚であっという間に隣に来る。彼が、大切な友人である秀一。僕よりも十センチ程高い身長の陽介よりも、さらに十センチほど高い背。すらりと長い手足はモデルのようだが、バスケット選手らしい体つきだ。桐峰学園の目玉部活といえば、バスケットボール部も名が挙がる。こちらも、全国優勝の常連である。次期キャプテンと名高く、二年生ながらに三年と共に試合にいつも出ている。目が合うと、柔らかく微笑まれる。秀一が隣にいると安心する。僕も微笑み返すと、陽介がさらにすねた。
二人に挟まれながら、冗談を言い合うこの時間が何よりも僕は好きだった。二人はいつも僕を笑顔にさせてくれて、安心させてくれる。僕は、本当に運よく、こんなに素敵な友人と出会えた。恵まれた人間なのだ。
相変わらず冗談を言い合う二人とゲームセンターへ行き、陽介がクレーンゲームでとり、押し付けてきたぶさかわいいパグの大きいぬいぐるみを抱きしめながら、帰路につく。バトルゲームで戦う二人のやり取りを見るのも、毎回のゲームセンターでの楽しみだ。ただ、毎回のことだが、この二人といると、何度も声をかけられるのだ。女の子や時にオメガのにおいをさせた男の子たちに。今日も三組に声をかけられた。二人は慣れたようにあしらう。それも見慣れた光景だった。二人は、スポーツで大成するために努力を惜しまない素晴らしい人格者に加えて、顔もいいのだ。学園内にもファンクラブがある。試合を見に行くといつも大きな応援旗を振っている子たちに出会う。あれだけのマンモス校でも有名な二人なのである。何の運命か、二人と友人をさせてもらえている僕は、本当に恵まれているのだ。
寮が近づいてくる。毎回、いいと断るのに、二人は散歩ついでと言って、アルファ寮とは正反対の位置にあるオメガ寮まで送ってくれる。パグが恥ずかしくてバスに乗ろうとしたのに、何も部活に入っていない僕の健康を気遣ってくれる優しさにほだされ、歩くことにした。長い脚通りの大きな歩幅の二人だが、小さな僕に合わせてゆっくり歩いてくれる。そんな優しさもじんわりと心を温めてくれる。
「ふぅ…」
「なな、疲れたか?」
なんだか息苦しさを感じて、ため息をつくと、秀一が頭をぽん、と撫でながら顔を覗く。いけない、と思い、笑顔で答える。
「そんなことないよ」
秀一の手が、僕の頭を抱え込むように引き寄せる。秀一が身をかがめ、すぅ、と頭頂部のにおいをかがいできた。汗かくような季節ではないが、恥ずかしい。
「なっ、秀一、恥ずかしいよっ」
パグを秀一との間に差し入れると、離れてくれた。頬が赤らんでいるのがわかる。なんだか、じんわりと汗もかいている気がしてきた。邪魔な髪の毛を耳にかけて、恥ずかしさを誤魔化そうとする。そうしていると、今度は逆から思い切り抱き寄せられる。驚いた声を出すものの、陽介は、僕の首筋に頬擦り寄せる。
「っ」
たまたまであろうが、陽介の唇が首筋に触れる。どきりと心臓が跳ね、肩がすくむ。
「明日くらいには、きちゃうかもね」
「へ…、あ、ああ…ごめん、におい、出てた?」
陽介が、腕を解いてくれたので、そろそろと振り返ると、三人にだけ聞こえる声量でそう言う。すぐに僕は察しがつく。発情期だ。特有のオメガのフェロモンが出ていたかもしれない、と少し焦るが、二人は、声をそろえて大丈夫だという。他のアルファよりも、この二人は鼻が利くらしく、いつも言い当てられてしまう。比較的、周期通りに来るのだが、数日のずれはある。二人は、そのずれもぴったし、当てられるほどにおいに敏感なようだ。
「今回は、俺と一緒に迎えようよ」
陽介に耳元でささやかれながら、左腕の裏側を撫でられ、手のひらを伝い、指を絡められる。ただ手をつなぎたかったのだろう行為に、なんだかなまめかしさを感じてしまい、そんな自分が恥ずかしくて顔が熱くなる。きっと発情期が近いから勘違いしてしまうのだ。耳裏にリップ音を鳴らしながら、唇で吸い付かれると前回の発情期のことを思い出して、小さく声が漏れる。
「だめだ、今回は俺と。約束したもんな」
腰を抱き寄せられ、秀一が囁く。ハスキーな艶声で鼓膜をゆすぶられ、目の前には秀一の鎖骨があり甘い匂いが鼻腔をくすぐるとたまらなくなり、息が漏れてしまう。額にキスが落ちる。そのまま、秀一がかがみこみ、どんどん顔が近づく。
「なな…」
吐息が唇を濡らすと、食まれた。
「んぅ…」
ちゅ、とかわいく音がして離れる。じわ、と身体の奥に熱が宿るのを感じる。
「秀一だけずるい。なな、俺にも」
陽介が、頬を手で包み、向きを変える。ちょうだい、と囁かれながら、熱い唇に包まれる。
「っ、ん…」
ちろり、と舌で唇を舐められると背筋がぞくぞくとしびれる。恍惚と二人に身体を預けそうになった時に、バサバサと羽音が聞こえた。はっと我に戻り、パグを抱えなおし二人から飛び出す。
「も~…っ!なんで公道で!こんなこと!するの?!」
恥ずかしさと情けなさを二人への怒りに勝手にすり替える。顔が真っ赤なのも、本当は膝がくだけそうなのも、わかっていた。でも、残った虚勢を張らないと、自分はオメガの性に流れてしまうのがわかっていた。もう十七年、この身体と付き合っているのだ。陽介は、ちぇ~と言いながら、また唇を尖らせる。秀一は、肩をすくめて眉をさげる。
「まだ、発情期じゃないんだから、こういうスキンシップは、いりません!」
パグを力強く抱え、二人に置いて歩を進める。夕焼けが鮮やかで、桜のやや残る、季節の変わり目の微妙な風景が美しい。
僕が恵まれたと自負する理由の大きな部分。
それは、この二人は、オメガである僕を受け入れてくれる貴重なアルファの友人であることだ。
薬に対して拒否反応が強く、苦しい、という話をこぼしてから、三か月に一度くる七日間、二人は代わる代わるに、僕だけのアルファになってくれるのだ。
腹の奥が、じくじくと騒ぎ出すのを感じた。
部屋に帰ったら、急いで準備をしなくちゃ。それから、シェルターまでタクシーを出してもらって…。
二人の精を早く受け止めたいと、腹の奥がうごめいている気がして、熱いため息が漏れた。
二人と別れ、自室に戻ると大きなカバンを出し、タオルやお気に入りのパジャマをたくさん詰め込む。好きなお菓子やエネルギーチャージ系のもの、シャンプー類…、そして、首輪。普段は、保護シートをうなじに貼り付けているが、発情期の間は、より丈夫な首輪をつけるようにしている。後ろ手に回して、そっとチョーカーをつける。ひんやりとした感触に、このあとのことをどうしても考えさせられてしまう。
それから、寮の受付から持ってきた休暇届を書き出す。これから数日も欠席する旨を事前に申請する。正直、色々な大人に自分が発情期で休むと口頭で伝えることがないのは嬉しい。
また、この休暇届にはパートナーという欄がある。パートナーがいる場合は、パートナーの学級、名前を記入すると、その人も授業免除となる。毎回、ここを書くときにペンが止まる。
でも、僕が書かないと二人に余計な迷惑をかけちゃうから…。
恥ずかしくて、毎回震える字になってしまう。本当に二人には迷惑ばかりかけてしまう。
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