ビッグ・ベン

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ビッグ・ベン

真夜中23時50分ー。 イギリス、ロンドン。 雪が降りしきる中、 巨大な時計台、ビッグ・ベンの前に、 僕は立っていた。 目の前には、僕の大切な人、エマがいる。 いつもデートが楽しすぎて、帰る時間は真夜中になってしまう。英国紳士としては情けない。 でも、それくらい愛しているのだ。 デートの終わりはビッグ・ベン前の公園と決まっていた。 「今日もありがとう、愛してるよ。」 「私もよ。スティーブ。」 エマは優しく微笑んだ。その笑顔には敵わない。 「ああ、僕のエマ。帰りたくないよ。」 「ふふ。可愛い私のスティーブ。」 時計は23時59分を差していた。 ああ、もう少しだけー。 日が変わるまで一緒にいたい。 今日はクリスマスだし、いつもよりも 離れたくない気持ちだ。 この僕の我儘が、まさかこんな最悪な事態を巻き起こすとはー。 力一杯お別れのハグをしようとしたその時ー。 「きゃ!!!」 エマは物凄い勢いで僕を突き放した。 僕が驚いてエマを見ると、眉間に皺を寄せた 険しい表情で突っ立っていた。 雪がホロホロと落ちてくる。 ビッグ・ベンの巨大な針は、0時を指していた。 「だれ。」 エマが放った一言で、僕は凍りつく。 足元の水溜まりに映った自分を見て 僕は全てを察した。 そこに映っていたのは 小さな薄汚いネズミだったー。 「エマ。僕だよ。隠していてすまない。」 僕は必死にエマの足首にしがみつく。 「ネズミ!?何なの!やだ気持ち悪い!!」 エマは、脚から僕を振り払い、 タクシーを拾って帰ってしまった。 残された僕は、ただ降りしきる雪を眺めていた。 終わり方は最悪だったけれど、 僕たちはちゃんと愛し合っていた。 そうだ、愛し合っていたんだー。 「零時になると魔法が解ける。 だから、必ず日付が変わるまでに戻るんだよ。」 ああ、どうして約束を破ってしまったんだろう。 魔女のばあさんに言われたことは ちゃんと覚えていたのに。 もう少しだけ。 もう少しだけ、この幸せな時間を味わいたい。 彼女の柔らかい頬に触れたい。 あの笑顔を1番近くで見ていたい。 そう願っただけなんだ。 雪が強くなる。今夜は吹雪になりそうだ。 聖なる夜、小さなネズミの恋の終わりを ビッグ・ベンだけが見ていたー。
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