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13
自己嫌悪と性欲は、どうしてこんなに違うモノか。
朝一番、寮の部屋を出たところで出会い頭に啓司にぶつかりそうになった瞬間、昨日知ってしまった、後ろの快楽を思い出して、身体の芯が熱くなった。
「おはよう、鷲尾くん」
「えっ? あ、ああ、おはよ……鳩ヶ谷……」
なんとなく、啓司はぎこちない。口でされたのを、思い出したのかも知れない。顔が赤い。それならば、蓮は満足だった。
(僕の事、忘れられたり、軽蔑されたりしたら、嫌だったし……)
啓司からすれば、いきなり襲われたようなものだ。蓮を嫌っても仕方がないだろう。だが、この様子だと、大丈夫のようだった。
「ねえ、鷲尾くん」
「えっ? なにっ?」
「……今日も、鷲尾くんの部屋に行っても良いかな」
ぱっと、啓司の顔が赤くなる。部屋に行くというのと、行為はイコールになっているようで、満足だった。
「えっ……その、い、いけど」
「よかった。じゃあ」
蓮のほうも、それで満足だった。
どうせ、お互い、処理みたいなモノなんだし。それならば、それだけしていれば良い。そういう意味で、啓司は、とても安全な人材だった。深追いをしない、何かを求めない。妙に親しい様子も見せてこない。つまりそれは、彼が蓮に興味がないと言うことなのだが、それで良い。
(だって、どっちにしても、不毛なんだし)
彼に『愛されたい』とは思わないが、彼を、最奥に受け入れたい、とは、ぼんやりと思っていた。
『変化』があったのは、その日の昼食だった。
「鳩ヶ谷くん、一緒にお昼食べない? 特別食堂を予約してあるんだ」
声を掛けてきたのは、クラスメイトだった。何人か、一緒のようだ。この間、コンサートを断った相手だ。
『特別食堂』と呼ばれる食堂では、フランス料理か和食のフルコースが提供される。内外からの賓客をもてなすために作られた場所で、アールデコ調が美しい、白亜の建物の中で、美食を楽しむことが出来る。当然、ランチタイムの間には戻れないので、授業には、特別欠席が認められる。午後から、公休扱いになるのだ。『社交』のための必要な勉強という名目らしい。学年の前期と後期でそれぞれ二回まで認められている。
「僕は普通の食堂だから」
「……そんなの、いつでも行けるんじゃないの?」
じりじり、と彼は間を詰めてくる。
「鳩ヶ谷くん。せっかく、飛鳥井さんが誘ってくれるんだから……君も、ついていった方が、君のプラスになるんじゃないか? 色々、君だって、味方が欲しいんだろ?」
嫌な言い方をして、クラスメイト……飛鳥井の取り巻きたちが笑う。
ざらっとした視線に、晒されて、嫌な検分をされているような気持ちになった。
(なるほど……)
特別食堂のスタッフたちは、機密情報を絶対に漏らさないという決まりがある。だから、その場で、どんな不埒な事が行われても―――誰にもバレないだろう。
(大方、レイプされて、動画でも撮られて、いつでも好きなときに処理出来るペットにされるって言うところか)
それは、我慢が出来ないな、と蓮は思うが、周りに助け船を出すものはいない。
「クラスメイトと出掛けてはいけないって、うちの家がうるさくて、誘ってくれて悪いけど……」
お決まりの言葉を言うと、「鳩ヶ谷くん。特別食堂は、学内だよ」と取り巻きが笑う。
「それとも、鳩ヶ谷くんは……そんなに僕がイヤかな?」
飛鳥井が「それなら悲しいよ」と、わざとらしい仕草で小さく呟く。
「このあと、英語の先生のところに行くし……」
「ああ、ルカ先生?」
「えっ? そうだけど」
「……ルカ先生なら、どこかに呼び出されていったと思うけど?」
嫌な噂を、思い出す。ルカ先生は、無事だろうかと、一瞬、気を抜いてしまった時に、飛鳥井に手を取られた。
「っ!!!」
「鳩ヶ谷が好きそうな、趣向を考えてみたんだよ」
耳元に飛鳥井が囁いてくる。甘ったるい声だった。生暖かい吐息が耳に掛かって気持ちが悪い。嫌悪感しかなかった。
いくら、意味がない行為だからと言っても、触れさせたい相手と、そうでない相手は居るのだ。
「離して、くれないかな。痛いよ?」
飛鳥井が、薄く笑う。
「……お前にも、利はあるだろ? ……家の後継の件で、揉めてるそうじゃないか」
「それで?」
「僕が……飛鳥井グループが、後ろについたら、君にも、利があるだろうってこと」
ふうん、と蓮はさして面白くもない気持ちで飛鳥井の言葉を聞いていた。
さて、どうしたものか、と思っていたところで、カシャッ、とシャッター音がした。
「えっ?」
振り返ると、そこに居たのは、啓司だった。
「鷲尾くん?」
「……自分の家を、持ち出して、こんな事をするとは、飛鳥井さんの所も、落ちたもんだなぁ……。先代は、人格者であられたが、当代は、息子の育て方を間違ったな」
啓司が、顔を歪めて笑う。
「なんだとっ!!」
「いまの時代、コンプラ最優先だろ? 今時、ヤクザだって、コンプラって言うよ。……なのに、大企業のおぼっちゃまが、これじゃあな。あ、今の、録音もしてたからな」
「お前っ! 脅すのか?」
「脅しはしないよ。ただ、俺は、お前みたいに、愚劣な行動に出るヤツが、大っ嫌いなんだよ。っていうか、相手にされないからって、家のことを持ち出すなよ。お前、モテないだろ」
飛鳥井の顔が真っ赤になっていく。
「お、お前っ……っ!!」
「気軽に、お前とか言うな……とにかく、鳩ヶ谷は、俺の友達だからな。このデータを、おうちの人とか、それとも、別の人に公開されたくなかったら……、おとなしく、鳩ヶ谷を解放しろよ」
少女漫画のヒーローみたいだ、と蓮は思う、手が緩んだ瞬間に、飛鳥井の向こうずねを蹴り飛ばしてから、逃げ出す。
「っ、痛いっ!! 痛っ……っ!! 貴様、鳩ヶ谷っ!!!」
「……ったく、お前ら、頭の中、江戸時代かよ。もう、維新しましたけどー?」
「っなんだとっ!!!」
「お家のために身体を差し出すとか、そんなの、頭がおかしいだろ。……今後、鳩ヶ谷に手を出すなよ」
「なんだとっ!! お前に、なんの権利があって……」
「権利?」
啓司が、ことさら冷たく、飛鳥井を見下して、冷徹に告げた。
「これは、俺のなんだよ」
その瞬間、蓮は、記憶が途切れて、何にも覚えていない。
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