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スーツにはヘッドライトが搭載されている。親友を探すためにこれを使うべきかどうか、ぼくは迷った。これまではHK-38の生物に配慮して使用を控えてきたが、この場合は……。
スーツごしに水の動く気配を感じ、反射的に振り返った。黒い瞳がぼくを見つめている。心臓が跳ね上がったが、すぐに気づいた。
「……ハガチか」
いつの間にか、一匹のハガチがすぐ横を泳いでいた。パドルのようなひれと体節のなめらかな動き。今まで、これほどハガチが近づいてきたことは無い。だがこの状況に、ぼくは喜びより薄気味の悪さを感じた。身勝手にも、クサノのいないことが心細さを倍増させる。
しばらくして、ハガチは離れていった。完全に姿が見えなくなると、ぼくは押し殺していた息を吐いた。きっと神経が参っているのだ。いったん浮上しよう。そこで、頭上の影に気づいた。先ほどとは別の個体が、ぼくの進路をふさぐように泳いでいる。
急に、腹の底がずんと重くなったような気がした。ぼくは進路を変えつつ水を蹴った。スーツの力でぐんぐんスピードを上げる。あいつを振り切りたい。振り切れただろうか? そのとたん、今度は左隣をかすめていく巨大なものの気配がした。さらに下からも。
「嘘だろ!」
ぼくは、黒く長い影に取り囲まれていた。ハガチたちは静かに、だが着実にぼくについてくる。
なんだ、どうなっている。ぼくは耐え切れず、ヘッドライトを点灯した。白く照らし出された目の前に、恐ろしい顔が浮かび上がった。今まさに噛みつこうという直前の、ガバリと横に大きく開いたハガチの顎肢。口もとで何かが光る。
鋭い光にぎょっとしたハガチは動きを止めた。その一瞬をつき、ぼくは全速力で逃げ出した。スピードの限界に近づいたスーツの表皮は波立ち、鰓から大量のエアが吐き出される。
それでも、この恐怖から逃げ切るにはまだ足りない。
ハガチの口もとに引っかかっていたもの。あれは、クサノのロケットだった。ハガチたちは、ぼくが遺棄したクサノの体を見つけたのだ。もしかしたらそこで、彼らは今まで眼中になかったぼくら地球人を――新種の食物の味を、発見したのかもしれなかった。
もう、自分がどこに向かっているのかわからない。ヘッドライトが指し示す先は水面か、それとも海の底か。いずれにしろ、ぼくがそこまで到達することはないだろう。
追いついてきた捕食者の顎がスーツを破り、右足に食い込む。激痛とともに感じたのは、初めて触れるHK-38の冷たい感触だった。それはぼくをあっという間に飲み込んでいった。
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