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惑星HK-38は、その表面を全て海に覆われている。
主星は太陽より暗く、水中にはほとんど光が届かない。暗視モニタを通してのみ覗き見ることのできる、驚異の世界。
そんなHK-38の海中に、ぼくらはいる。
『いたぞ。ハガチだ……』
探査スーツ内蔵のスピーカーを通して、クサノが言う。並んで泳ぐぼくらの真下では、巨大な影がうごめいていた。
小さな個体でも、全長三メートルはあるだろうか。平べったい頭部から続く長い胴体は数多くの体節に分かれ、側面に生えたひれはパドルのように連動する。尾びれはエビのような扇状だが、両端の先は細長く伸びて尖っていた。地球の節足動物に似たこの生物を、クサノは仮に『ハガチ』と名付けた。地元の方言でムカデを指すらしい。
ハガチの頭部からは黒いゴルフボール大の突起が一組、左右に突き出している。この『目』がどれほど見えているのかは不明だが、ハガチは優秀な捕食者だった。獲物となる小動物を見つけるやいなや猛スピードで飛びかかり、口もとの鋭い顎肢で咬みつくのだ。獲物はすぐに動かなくなる。ハガチは神経毒を持っているのかもしれない。
目下のハガチは、しばらくゆったりした動きで泳ぎ続けていたかと思うと、急に速度を上げて消えた。群れのもとに戻ったのだろう。
『あーあ、行っちゃったな』
クサノが名残惜しげに言う。ぼくは『ビビッてたくせに』と冷やかした。
『いや最初はそうだけどさ。ふつうビビるだろ、あんなの』
ハガチはHK-38最大の捕食者だが、ぼくらを襲うことはなかった。地球人の体形や大きさは異質すぎるのか、獲物と認識されていないらしい。それでもハガチの姿が見えなくなると、ぼくらは少しゆったりした気持ちになった。
『ここでの調査も、あと四十時間か。もっと長くいたかったな』
クサノがうそぶく。
『嘘つけ。彼女が待ってるんだろ』
そう言い捨てて、ぼくは浮上を開始した。探査スーツに張り巡らされた人工筋肉が、ぼくの体をあっという間に水面まで押し上げる。HK-38の暗い大気に頭を出すと、ぼくはビーコンを起動して待機中の水上艇を呼び寄せた。その間に、クサノも浮上してきた。
『船に戻ったら、ちょっといいか?』
あえて目を合わせまいとするぼくに、クサノが言った。
『話があるんだ……』
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