惑星HK-38の無害な生物

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 胸の底の暗い部分で、何かがうごめくのを感じる。 「何だよ、それ」 「だって、お前はおれと彼女の親友だから。それにお前がいなかったら、おれはここまで来られなかった。本当に感謝してる。今回の発見は全部、お前のおかげなんだ」 ――そうさ!  暗がりの中から誰かが叫ぶ。そいつはだんだん浮上して、醜い姿を現そうとしている。  ぼくがいなければ、お前は今でも与えられたデータをこねくり回すだけの下っ端研究員だった。惑星探査なんて、仮眠室で見るつかの間の夢でしかなく。そんなお前を、彼女だっていつか見限っていたに違いないんだ。  なのにクサノ、お前は。お前は、全部持っていこうとしてる……。  ぼくは振り返り、クサノを見た。クサノの顔色が変わる。わき上がる黒いものがついにあふれ出て、ぼくを飲み込んだ。  放心から覚めるのに一時間ほどかかった。  その後、洗浄したばかりの探査スーツを再度身に着けて、ぼくはクサノのスーツと遺体を甲板まで運んだ。まずはスーツを海中に沈める。空気の抜けたスーツは深い海の底まで沈み、発見される可能性は万に一つもないだろう。  ついで遺体を抱え上げながら、ぼくはその首にかかる金色の鎖に気づいた。ペンダント型のロケット。おそらく彼女の写真が入っているのだろう。彼女の前で、嘘をつき通せるだろうか? ぼくは自問した。ああ、できるさ。魂はすでに地獄にあるのだから、今さら罪の意識を感じることはない。  甲板からクサノの体を押し出す。遺体はすぐに波間に沈み、見えなくなった。あとは強アルカリ性の海水とバクテリアたちが引き受けてくれるだろう。  後片付けを済ませると、ぼくは船内に戻った。割り当てられた作業をこなし、早めの夕食をとって床につく。明日はクサノの不在に気づき、彼を探すため海に潜らなければならない。だがそれも、ピックアップ船が来るまでのことだ。十時間と少し、そして全てが終わる。 『クサノがいない。一人で海に潜りにいったようだ。これから彼を探しに行く』  翌日、ぼくは調査ログにメッセージを残してスーツを身につけた。『ハガチに襲われたのかも……』と付け加えようかとも思ったが、あの無害な生き物に濡れ衣を着せるのはさすがに(はばか)られた。  昨日クサノを遺棄した甲板から、今度は自分が海に入る。着水と同時に探査スーツの(えら)が起動し、細かい気泡の排出がはじまった。スーツは設定した水深百メートルまでゆっくり降下し、そこでホバリングする。  この深さまで潜ると、暗視モニタでも数十センチ先さえ見通すことはできない。何かが見つかる可能性は、万に一つも無いようだった。
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