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5
「あれ、まだやってたんだそれ」
予鈴が鳴った直後、隣の机に鞄が置かれた。
小さく首を傾げた夏奈の視線は私の手元に注がれている。
「うん。実は復活したの」
「晴れてラブラブカップルになったのに?」
「だから新章突入ってとこね」
さらに首の角度を深くしながら夏奈は席についた。その向こう側の席では榊原くんが机に突っ伏して眠っている。
私たちの会話は聞こえてないだろうか。悪い話ではないけどちょっぴり気恥ずかしい。私は少し声量を落とす。
「今までは告白を目標にしてたけど、それが叶ったら終わりってわけじゃないことに気付いたの。むしろここからが大変でしょ」
「育まなきゃだもんねえ」
「そういうこと」
夏奈の言葉に私は大きく頷いた。でも実はそれだけじゃない。もっと単純な話だ。
彼の好きなところを見つけるのは楽しかった。
彼の素敵なところを数えると胸がときめいた。
スタンプをひとつ押すたびに私は彼に惹かれていく。理由は説明できないけど。
「ふーん。で、百個集まったら今度はなにするの?」
「いやあそれはさすがに言えないよ」
「ま、まさか青春する気じゃ……」
「ふふふ」
「ぎゃー!」
夏奈が大袈裟に驚いたせいで、隣の榊原くんがゆっくりと上体を起こした。大きく口を開けて欠伸をした彼は眠そうな目で時計を確認してから、その瞳をこちらに向けた。
おはよ、と私が口パクで伝えると、彼は薄く笑ってひらりと右手を上げる。
それだけで胸の奥が跳ねて、顔が熱くなる。
「おーい、みやこー。おーいおーい」
「今良いとこなんだから存在感出さないで」
「なんだか邪魔しなきゃいけない気がして」
「なによそれ」
そうこうしている間に榊原くんは再び夢の世界へと戻っていた。
ほんとよく眠れるなあ、と思いながら私は持っていた二つ折りの紙を開いた。そして筆箱の中からスタンプを取り出してキャップを開ける。
「かわいいねえ都子は」
にやにやする親友を無視して私はスタンプを押した。
とん、と天板に触れたスタンプが音を立て、新しい赤い丸印を白いマス目に乗せる。
そうして今日もまたひとつ、私は彼に恋をする。
(了)
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