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 今日も榊原くんはかわいかった。だから私は赤いスタンプを押す。  もう赤丸を数えるより白いマスを数える方が圧倒的に早い。残り二マスだ。 「あとちょっとじゃん」  まだ教室に残っていた夏奈はにやにやしながら私の机を指差す。  放課後を迎え、ほとんどみんな帰っていたので私は堂々と机の上にスタンプシートを広げていた。  夏奈の言葉に私は頷く。そう、あとちょっとだ。 「そうだね」 「あれ。どうしたの、都子」 「なにが?」 「恋する乙女の顔じゃないみたいだけど」  私の顔を覗き込むようにしながらそう言うので、私は顔を隠すように片手で鼻と口を覆う。「わかりやすいなあ」と夏奈は苦笑した。 「なんかあったの?」 「ううん、むしろなんにも起こってない。無事故無違反」 「平和じゃん」 「そうなんだけどさあ」  夏奈の言う通り、今日も私の心は平和そのものだ。決してそれが悪いというわけじゃない。けど。  さっき押したばかりの赤丸をじっと見る。  人差し指で端に触れてみるとインクが擦れて滲んだ。正円が削れて汚い。 「なにか起こると思ったんだよね。百個集めれば」 「なにかってなによ」 「甘酸っぱい、青春っぽい、なにか」  指先についたインクを親指で挟むように擦った。ぎゅっと伸ばされたインクが徐々に薄れて消えていく。  こんなに簡単に消えてしまうものなのか、これは。 「ほんとかわいいよねえ都子は」  がた、と椅子の脚が床を叩く音がした。  夏奈が私の前の席の椅子を引き、足を広げて後ろ向きに座る。さっきまで隣に座っていた彼女が急に目の前に現れて私は思わず顔を上げた。 「──けど、鈍くさい」  真っ直ぐに私と目を合わせる夏奈はにやにやしていなかった。
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